第52話 真行寺さんと
俺は、榊原さんと偽カップルの練習をした翌日、部屋で本を読んでいた。外はあいにくの曇り空。この前立春を過ぎたがまだまだ春は遠いという感じだ。
院には行こうと思っている。融合科学研究科の数学情報科学専攻だ。これは俺の将来に役立つと信じている。
四月以降の事を考えているとスマホが震えた。画面を見ると真行寺さんからだ。直ぐに画面をタップして出ると
『長田君、真行寺です』
『長田です』
『明日とか時間ある?君と会えないと寂しくて』
気持ちは嬉しいけど…そう言えば真行寺さんとは正月以来か。良いかな?
『良いですよ』
『ほんと、じゃあ、明日の午前十時に私の家の最寄り駅の改札でどうかな?』
『良いですけど』
あんまり考えても仕方ない。
『じゃあ、明日ね』
ふふっ、いきなり連絡したけど、まさか明日会えるとは思わなかった。長田君ってモテるけど、結構休みは暇なのかな。だったらもっと誘っても良いか。
俺は翌日、午前八時半に起きた。一階に降りて顔を洗った後、ダイニングに行くと母さんが俺の顔を見て
「あら、今日も早いの?」
「うん、人と会う」
「この前もそんな事言っていたわね。同じ人?」
「違う人」
「そう、休みだからいいけど。ねえ今度家に連れて来てみたら」
「なんで?」
「お母さん、博之がどんな子とお付き合いしているのか気になるのよ」
「大丈夫。付き合っているって程じゃない。友達の範囲を超えていないから」
「博之がそう言うなら良いけど」
この子は昔から優しいというか、お人好しというか強く断ったり引いたり出来な い所がある。いけない事では無いけどやはり親として心配だ。
美優ちゃんの事もあるし、山田って子の事も有る。騙されたりしていなければいいのだけど。
俺は、食事をした後、少しのんびりして家を出た。この前と同じように厚手のパンツと厚手のシャツそれにダウンだ。まだまだ寒い。腕には真行寺さんから贈って貰ったメンズブレスレットを付けている。
午前九時五十分に彼女の家の最寄り駅に着いた。改札で待っていると直ぐに彼女が来た。
「ごめん、待った?」
「今来た所」
「そうか、良かった。寒いし取敢えず私の家に行こうか」
「…うん」
彼女の家には正月の時に送って来た以来だな。
「長田君、何か気にしているの?」
「正月以来だなと思って」
話している間にあっと今に着いてしまった。彼女がドアの開けると先に入ってから
「入って」
「うん」
俺が玄関を上がるとお母さんが出て来た。
「あら、いらっしゃい。友恵、長田君が来るなら言ってくれればいいのに」
「昨日急に決まったから。長田君、私の部屋に行こう」
「お邪魔します」
「遠慮しないで」
俺は二階に在る彼女の部屋に入るとエアコンが効いて暖かかった。
「ダウン脱いで待っていて。今暖かいに飲み物持って来る」
「うん」
彼女が部屋を出て行った。俺がダウンを脱いで床に座って居ると少しして上がって来た。トレイに紅茶のセットとお菓子が乗っている。それをテーブルに置くと
「一緒に座ろうか」
この人結構距離感近い。そう言えば分からないと言っていたな。でも変な事する訳じゃないし。
俺が黙っていると彼女はティポットからティカップに紅茶を注いでくれた。
「上手く入ったかちょっと自信ないけど飲んで」
「ありがとう」
ティカップからゆらりと湯気が立っている。そっと唇にティカップを付けて少しだけ飲むと
「美味しい」
「そう、良かったわ」
それから紅茶を飲んでいるけどあまり話はしない。でも体をしっかりと付けてくる。抱き着いてくるわけではない。
「長田君って…」
「えっ?」
「私はね。こうして居るととても落ち着くというか心が穏やかになるというか。でも友達に聞くと男の人って気を緩めると直ぐに手を出してくるから気を付けなさいと言われた。
でも正月の時そうだけど今もこんなにくっ付いているのに手も握ろうとしない。私に魅力が無いとは思わない。だから私は長田君の興味の対象外なのかなって思ってしまう」
真行寺さんが力無さそうに言って来た。
「誤解しないでほしい。君はとても魅力的だよ。綺麗だし優しいし。俺に過去の事が無かったらその姿に抱き着いていたかも知れない。でも今は過去の事がトラウマになっているんだ」
「過去の事?」
「うん」
「ねえ、もし長田君が話せるなら教えてどんな事が有ったのか。好きな人が悩んでいるのに何も出来ないのは辛い」
話をしていいものだろうか。美優の事はもう良いかも知れない。山田さんの事は?同じ大学だし。早瀬さんの事もある。難しいな。
「ごめん、まだ心の整理がついていないんだ。というか整理は着いているのかも知れない。俺がそれを言う勇気がない」
「そっか。分かった。無理して言う事無いよ。今日はここで暖かくしていようか」
「ごめん」
この人良い人だと思う。でもそう言って信じて来てみんな裏切った。俺に悪い所があったのかも知れない。
でも何が悪かったのか情けないけど分からない。だから今はこうして居るしかない。
一時間いやもっと経っただろう。突然
くーっ。
「えっ?」
「あっ!」
俺のお腹が鳴ってしまった。恥ずかしい。
「お腹空いたんだ。私が作ってあげる。外に出てもこの辺何も無いし。駅の周りにちょっとあるけどそこ行くならうちの中が良いよ」
「いいの?」
「私としては嬉しいな。長田君のお昼作れるんだから。あっ、下に一緒に降りる?テレビでも見てて、その間に作るから」
「うん」
下に降りると彼女のお母さんはいなかった。ダイニングテーブルにメモが置いてある。彼女はそれを読むと直ぐにポケットの中に仕舞った。少し顔を赤くしている。何が書いて有ったんだろう?
「長田君、嫌いなものある?」
「特に無い」
「じゃあ、チキンライスとサラダとスープでいい?」
「十分」
彼女は手を洗うと可愛いエプロンを付けて料理を始めた。手際が良いから手伝っているのかな?
十五分もしないで出来上がった。凄い。テーブルにそれを置くと
「召し上がれ」
「頂きます」
俺はスプーンでチキンライスを口に入れてゆっくり咀嚼すると口の中に旨味がゆっくりと広がってとても美味しい。
「美味しいです」
「ふふっ、良かった」
俺は気になってさっきテーブルに置いて有ったメモになんて書いてあったのか聞いたけど
「それはまだ内緒かな」
そう言われるとちょっと気になる。全部綺麗に食べ終わると食器をシンクに持って行った。彼女は食器を洗い終わると
「また二階に行く?それともリビングでビデオか何か見る?」
「真行寺さんの好きな方でいいよ」
「じゃあ、私の部屋にしよう」
「うん」
また、二人彼女の部屋に入って二人で座った。でも会話がない。
「「ねえ(なあ)」」
「「真行寺さん(長田君)から」」
「「あははっ」」
「長田君から話して」
「うん、今度どこかに行こうか三月近くなれば暖かくなるし。せっかくこうして会っているけど共通の話題がない。だからそれを作ればいいのかなって思って」
「えっ、ほんと。私も全く同じ事考えていた」
「「じゃ、そうしようか」」
「「あっ!」」
結構気が合うかも。
長田君とこんなに気が合うなんて。
それから何となく気が緩んだのか、お互いに少しだけど話し始めた。最初は幼い時の事とか。中学の時はどうしたとか。でも俺は美優の事もあり高校以上の事は話さなかった。
そうしたら。あっという間に時間が経ってしまった。もう午後五時を過ぎている。少しだけ長くなった陽がまだ夜の帳を降ろしてない。
「今日は帰るよ」
「うん、また会えるよね」
「ああ、二月の終りに日帰りでどこか行こうか」
「うん!」
少し長いけどそこまで待てばまた長田君と会える。それにまだ三月一ヶ月ある。その間に距離をもっと詰めれれば。
俺は送って行くという真行寺さんに道は分かっているし、もう暗くなるからといって駅まで一人で帰った。
「友恵、メモは見たんでしょ」
「うん」
「どうだったの?」
「喜んでくれた」
「そう、良かったわね。好きな人を射止めるにはまず胃袋を掴まないと」
「うん」
そう彼の胃袋を掴む、でもそれと同時にあげたい物もある。
―――――
次回をお楽しみに。
面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。
感想や、誤字脱字のご指摘待っています。
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「僕の花が散る前に」
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交通事故で亡くした妻への思いが具現化する物語です。初めちょっと固いですけど読んで頂ければ幸いです。
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