第51話 榊原さんと偽カップルの練習その二
「あっ、その前にご飯食べようか。もうお昼だよ」
俺はポケットに入れてあるスマホの時計を見ると確かに午前十二時近い。
「何処にします?」
「この上にレストラン街があるからそこで」
「そうですね」
外が寒いのにわざわざ出る必要はない。
レストラン街に行くと
「博之、何食べる?」
「美里の好きでいいよ」
「じゃあ、ここ」
彼女が選んだのはイタリアン。並んでいなかったのでそのまま入れた。店員が席に案内してくれて、その後メニューと水やおしぼりを持って来た。
「私は、シェフのおすすめ、後で紅茶かな」
「俺はペペロンチーノと、後で紅茶」
店員が注文を確認してから厨房の方へ行った。窓から外が見える。天気は良いので遠くが良く見える。
長田君、ううん博之とやっとデートが出来た。練習とはいえ、立派なデートだよ。
思い切り頬を付けて、腕組んで写真を撮って、こうしてお昼を一緒に食べる事が出来ている。この後は最後の項目の練習。でも今日は薄く、二回目を濃くするんだ。
「博之、楽しい?」
「えっ、うん、楽しいけど」
「そうかぁ、嬉しいな。ごめんね。付き合わせちゃって。でも私はお見合いなんか絶対にしたくないの。博之だったら問題無いのに…」
「……………」
返す言葉が見つからない。
「そこで上手く返してくれないとお父さんにバレちゃう」
「なんて言えば?」
「うん、俺もそう思うよって、会話の流れの中でそういう風に思っていないと駄目でしょう。もう一回。博之と結婚出来れば良いのに」
「うん、俺もそう思うよ」
ふふっ、ボイスレコ持って来ればよかった。
店員が注文の品を持って来た。俺は食べながら美里の普段の生活や家族の事を聞いた。一応知っておいた方がいい。
「私の家族はね。みんなお医者さん。お爺ちゃんもお父さんもお兄さんも」
「えっ、お兄さん居るの?」
「うん、今お爺ちゃんの病院でインターンしている」
「凄いね」
「凄くなんかないよ。でも榊原家の男は皆医者になる。私は女だから好きにさせてくれたけど結局、創薬の方に進む。
気持ち的には親族とは離れた環境で生活したいと思っているけど、運命だから仕方ない。ちなみにお母さんは病院の婦長」
「凄いな。俺みたいな一般人には想像もつかないや」
「だからその一般人が私もいい。このままではもし将来赤ちゃん産んで、その子が男の子だったら、同じ目に合う。そんな事させたくない」
少し寂し気にいう榊原さんにちょっとだけ同情した。
スパゲティを食べ終わって紅茶を持って来て貰った。
「俺は、研究職がいい。まだどんな分野に行くか分からないけど。院に行こうと思っている。もっともっと勉強して自分の世界を見つけたい」
「羨ましいな。ねえ、博之、私と一緒に創薬の研究しよう。そうすれば…」
言いたい事は分かるけど無責任な返事は出来ない。
「全然見えない先の事にいい加減な事を言いたくないから分からないよ。でも気持ちは嬉しいよ」
「うん」
博之と一緒になって同じ世界で仕事が出来たらどんなに素敵なんだろう。
紅茶も飲み終わると
「さっ、次の練習に行こう」
「次の練習?」
「うん、次の練習」
外に出てお互いのダウンでとても腕を絡ませられない美里は手を掴んで来た。そして俺の顔を見て
「えへへ、これも練習、練習」
何となく、怪しい。
そして寒空の中、歩く事数分、やって来たのは
「あの、ここって」
「うん、ホテル。もう予約してある」
「はっ?!」
「練習の為だもの」
何となく不安になって来た。最悪逃げればいいか。
彼女は受け付けでチェックインしてカードキーを貰うと俺の手を取ってエレベータに乗った。そうここはこの辺で有名なシティホテルだ。
カードキーで階を押すボタンの傍に在るプレートにタッチしてから客室の八階を押した。
「こういう所はプライバシーとセキュリティがしっかりしているね。さっき受付で聞いて感心しちゃった」
八階に到着すると目の間には客室の廊下、赤い絨毯が引かれている。部屋の傍でカードキーをタッチして中に連れられて入った。
窓にカーテンが掛かっているけどうっすらと外が見える。大きなシングルベッドだ。クイーンサイズかな?
「博之、練習しよう。ダウン脱いで思い切り私を抱きしめて」
「えっとお。そこまでする?」
「だって、練習項目に載っているよ。博之これ拒否していないよ」
いつのまに取り出したのか分からないけど喫茶店で見せたB4のシートを俺に見せると
「さっ、して」
俺は、ゆっくりと彼女の背中に腕を回した。彼女も俺の腰に腕を回した。
「もっとギューッと」
「こ、こう?」
少し力を入れると
「もっと、博之の方かギューッとして」
仕方なく思い切り絞めると
「うん、そんな感じ」
嬉しくて堪らない。偶然とは言え、お父さんの言葉でこんな事して貰えるんだから。
「もう良いかな?」
「もう少しだけ」
彼女の大きな胸が俺の鳩尾辺りに当たって結構メンタルきつい。ゆっくりと彼女が離れると
「さっ、今度は最後の項目だよ。胸を揉んで」
「いや、流石にそれは」
「じゃあ、キスの練習する?」
「それもちょっと」
「ねえ、博之、ここまで来たんだよ。最後まで練習しよう。ねっ!」
「でも」
「練習だから。立ったままだとやりにくいよね。ちょっと横になるね」
彼女は洋服のままベッドに横になると
「さっ、来て」
流石にこれは不味いよ。
「ちょっと無理」
「お願い。私を助けると思って。私お見合いなんかしたくない。博之、私を助けてくれるんでしょ。約束してくれたんでしょ。来て」
凄い言い様だな。
「じゃあ、少しだけだよ」
俺は彼女の横に座るとゆっくりと胸に手を置いた。
「揉んで」
少しだけ手を動かすと彼女が目を閉じて何かを我慢している。
「ねえ、もっと。私の体に乗って良いから。もっと」
「それは…」
「良いから」
胸に置いていた腕を引かれて彼女の体の上に斜めに倒れる形になってしまった。
「これでいい。このまま両手で」
そう言って俺の両手を彼女の両手に持って自分の胸に置いた。
「さっ、してみて」
もうこうなったらと思って軽くだけど揉んでみた。大きな柔らかい物が洋服の下に在るのが分かる。
「もっと強く」
これが胸を触られると言う事なの。なんて気持ちいい。声を出したくて堪らない。でも出したら練習じゃなくなってしまう。我慢出来なくて目を閉じたまま彼の頭を持って思い切り引き寄せた。
「えっ?!」
二人の唇が触れあってしまった。俺は直ぐに離れようとすると頭を後ろから思い切り抑えられた。
ふふっ、しちゃった。ちょっと予定外。二回目でしようかなと思っていたのに。これでは二回目は出来ないな。でもこんなに気持ちいいものなの。好きな人に口付けされるって。
俺は何とか彼女の腕を頭の後ろから取って顔を離すと
「博之、してくれてもいいよ。責任取れなんて絶対に言わない。私の初めては好きな人にあげたいの。好きでもないお見合いした人なんかに絶対にされたくない」
俺は、体を離すと
「美里の言っている事は嬉しいよ。でもそういう関係になるのは当分止めたんだ。ここまでしてこんな事言うのは失礼かも知れないけど」
「ううん、いいの。私が練習を濃くし過ぎただけだから。でも必ずいつか貰って。彼女にしろとか結婚しろとか責任取れなんて絶対に言わない。だから約束して、私の初めてを貰ってくれるって」
「榊原さん…」
そこまで思ってくれているのか。でも今は出来ない。だから少しの間だけ洋服の上から彼女を抱きしめた。
「博之、嬉しい」
入ってから一時間位しかいなかったけどシティホテルを出た。駅に向かいながら
「もうお父さんに会う十四日まで会えないよね?」
「もう一回練習するんじゃなかったっけ?」
「いいの!」
人前なのに思い切り彼に抱き着いてしまった。
駅に着くと
「じゃあ、十日にまた、同じ場所同じ時間にね」
「分かった」
私は電車に乗りながら、何て素敵な時間だったんだろうと思った。彼は優しい。優しすぎるのかも知れない。それが過去嫌な思いをした原因なんだ。
今回の事なんか無視されて当然と思っていた。出来てもプリクラぐらいだと思っていた。でも練習項目を全て付き合ってくれた。キスは事故だったけど。でも嬉しい。必ず彼にあげるんだ。それだけでいい。
―――――
次回をお楽しみに。
面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。
感想や、誤字脱字のご指摘待っています。
カクヨムコン10向けに新作公開しました。現代ファンタジー部門です。
「僕の花が散る前に」
https://kakuyomu.jp/works/16818093089353060867
交通事故で亡くした妻への思いが具現化する物語です。初めちょっと固いですけど読んで頂ければ幸いです。
応援(☆☆☆)宜しくお願いします。
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