第4話 よく頑張りましたね、よしよし。


 今日は高卒認定試験の日だ。

 僕たちは試験会場となる私立大学に来ていた。

 人通りがない会場から少し離れた場所で、僕は心を整えて戦いに挑む準備をする。

 この試験に合格すれば、僕は大学入学の資格を得られる。


 僕は大学に行くことを決めた。


 頓服薬は3日に1回飲むだけで過ごせる。

 あと少しで玄関の鍵の確認は、1回だけでよくなりそう。

 

 治ってきている。

 社会に適応できつつある。


 自分がこのステージに足を踏み入れられているなんて、少し前なら絶対信じられない。

 ずっと一生、家に引き籠っている人生だと思っていた。

 そしてそれに耐えられなくて、きっと途中で……。


 僕がこの場に立てているのは彼女のおかげだ。


「しず姉」

「はい」

「ありがとう」

「ふふ、どういたしまして。でもお礼を言うのは試験に合格してからですよ?」

「またその時も言うよ。何回でも言うから」

「恥ずかしいけど嬉しいです」


 静音は頬を染めて、ふんわりとほほ笑む。


「行ってらっしゃい。頑張って、司くんの頭なら試験は楽勝です」

「うん」


               *


 試験会場には知らない人がたくさんいて、少し緊張する。

 試験官の「始めてください」の号令で、試験用紙を表に向ける。

 僕にとっては簡単な問題ばかりなのに、筆が進まない。

 プレッシャーで焦りが募る。

 時間がどんどん経っていく。


 それでも何とか……全部解くことができた。

 僕は人生で一番の達成感に包まれた。

 

                 *


「解けた、全部解けたよ!」


 同じ場所で待っていてくれた静音に、僕は嬉しさのあまり、いつもより大きな声を出した。


「よく頑張りましたね、よしよし」


 偉いです、すごいです。


 静音は満面の笑顔で、頭を撫でてくれた。


                 *


 電車で地元に戻ってきた帰り道、いつもの駅前公園のベンチで、遅めの昼食を食べる。

 いつものように他愛ない会話をする。

 そしていつものように手を繋いで帰る。


 いや。

 もう繋いでもらう必要はないかもしれない。


 僕は一人で歩ける、と思う。


「しず姉」

「何ですか?」


 静音は期待した瞳で僕を見る。


「あのさ、僕はもう、」



「あれ、?」



 知らない、でも知っている声がした。


                 *


「久しぶりだねー」


 声のした方に目を向けると、垢抜あかぬけた装いの、が僕ににこやかに手を振っていた。


「心配してたんだよ」


 引き籠ってるって聞いて。


「何だ、元気そうじゃん」


 僕は横を見る。

 は、泣き出しそうな顔をしていて。


「ごめんなさい……」


 そう消え入りそうな声で謝って、は駆け足で駅構内に消えていった。


「どうしたの司くん?」


 不思議そうな顔では僕を見ている。


「そっちには誰もいないけど?」


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