第3話 ひどい! 私という幼馴染がありながら!

 僕に高校3年目の春は来なかった。


 相変わらず学校に行かなかったので、とうとう退学となった。

 特に気にしてない。

 ないったらない。


 静音は地元の国立大学に進学した。

 最寄り駅から通学に1時間かからないが、僕の部屋にはさすがに毎日来られなくなった。

 特に寂しくはない。

……ないったらないのだ。


                 *


「ラノベって、妹キャラ多いですよね」


 いつものように静音が、僕のベッドでラブコメ作品を読みながら、一つの真理を説いた。


「そればかりではない」

 僕はおごそかに返す。


「でも、司くん、妹キャラが出てる作品をたくさん読んでますよね?」


………………。

「まあ待つんだ。ラノベで求められる妹はリアルさではない。むしろ現実味から乖離かいりしてこそが妹キャラというものだ。幻想は幻想だからよいのであって、僕は幸運にもリアル妹がいないゆえに純粋に妹キャラをでることができるが、日常的に妹と接せざるをえない読者には同情を禁じ得な……」


「いつになく饒舌じょうぜつですね、おにぃちゃん?」


 僕の心に、15000のクリティカルダメージ。


「やっぱり! 司くんは妹キャラが好きなんですね!?」

「い、いや、あの」

「ひどい! 私という幼馴染がありながら……! 手の届かない空想のサブヒロインより、現実の手の出せるメインヒロインの方が絶対いいですよ。私が保証します!」

「ツッコミどころが多すぎるよ、しず姉!!」


 えーとまず、もちろん(まだ)手は出さないし、妹キャラをサブヒロインとくくると世界の半分を敵に回すし、自分をメインヒロインと堂々と言うのはどうかとか。


「それと幼馴染キャラは、たいてい負けヒロインだから」

「司くん、今あなたは世界の半分を敵に回しましたよ。そして実の幼馴染の前で、それを言うのはいくら私でも引きました」

「ごめんなさい、本当に反省しています、許してください」


 静音の機嫌は数日、直らなかった。

 こんなことは初めてであった。


               *


 早くいつもの静音に戻ってもらいたくて、次の外出の日は彼女の行きたい所へ誘った。

 出不精でぶしょうの僕から行ったことのない、特に行きたくない場所へ行こうと提案するのだ。

 ものすごい妥協。

 これはもはや進歩と言っていい。


「せっかくだから、二人とも楽しめる場所にしましょうよ……」

「僕が一番楽しいのは、この部屋でしず姉と過ごす時間だ。異論は認めない」

「そ、それは私も否定しませんが、言ってて恥ずかしくありません?」

「めっちゃ恥ずかしい」

「そ、そうですか。こほん。行きたい所ですか、そうですねえ」


 静音はあごに指を当てて思案する。


「あ、文化広場公園に行きませんか?」


 げ。


「あー、プラネタリウムね。懐かしいなー」

「そっちもいいですけど、アスレチックパークの方ですよ」


 静音は小悪魔の笑みで催促さいそくしてくる。


「たまには司くんも運動した方がいいですよ」


 ほら。

 やっぱり外出はろくなことにならない。


                  *


 頓服薬はもう1日に1回飲まなくても平気だった。

 玄関の鍵のチェックも2回で済む。


 スマホ、PCも少し触ってみた。

 不安は高まったけど使えた。

 少しだけ楽しさも感じられた。


「偉い偉いです」


 僕は進歩していた。


                  *


 自宅から歩いて15分ほどの距離にある、文化広場公園には、プラネタリウムの隣に、二十を超える数の遊具を有する巨大なアスレチックパークがある。


 小さい頃は静音と週一で来てた。


 その頃から僕は怖がりで、やっぱり静音に手を引いてもらっていたなあ。

 彼女はもっと活発で、まさにガキ大将という言葉がふさわしい……


「失礼なことを考えてますね」


 ぎくっ。


「……何のことでしょう?」


 鋭い。

 これが女の勘というやつか?


「……まあいいです。今日はいっぱい体を動かしましょうね?」


 明日の筋肉痛は確定ですよ、うふふ。


 静音の張り付けた、それは見事な笑みに僕の背中は薄ら寒くなった。

 おかしい、今日の最高気温は30℃を越えているはずなのに……!


                 *


「平日の昼間だから貸し切りですよ」


 それは本当に良かったと思う。

 いい年した男女が、児童向け遊具で遊ぶのを見られるのは恥ずかしい。


 静音が悠々ゆうゆうと、僕は必死に順番に遊具をこなしていく。

 自分の運動不足を再確認する時間は辛い。


 それでも誰かと一緒に体を動かす感覚は、新鮮で懐かしくて、楽しかった。


                  *


 最後の一つのタワー型遊具を、動きやすい服装の静音がロープで編んだあみを、楽々と登っていく。


 彼女を見ているとまるで重さがないみたいだ。

 羽根のように軽いとはこのことか。

 網が全然沈んでいない。


 てっぺんに到達した彼女が僕に手を振ってくる。


「司くんもおいでー」

「……僕は高所恐怖症なんだけど」

「登れる所まででいいですよー」

「……それなら」


 そういえば、何とかと煙は高い所が好きっていうことわざがあったなあ、とぼんやりと思考が浮か


「つ・か・さ・く・ん?」

「何でもありません!」


 思考読まれてるの怖い。

                    *


 汗が引いてから、僕たちは隣のプラネタリウムに移動した。


「うわまだ80円なんだ」

「安いですねえ」


 僕たちは券売機で入場券を買って、中に入る。

 内装は小学生の時の記憶と、まったく変わっていなかった。

 約十年前と景色が一緒なんてありえるのだろうか。


「まるでここだけ時が止まっているみたいですね」

「何そのロマンチックな言い方」

「ぐっと来ました?」

「来ました」


 二人横並びで座る。

 他の客は誰もいない。

 経営は大丈夫なのか?

 ソファーは年季が入っているが、綺麗だった。


「司くん、知ってる星はありますか?」

「デネブ、アルタイル、ベガなら知ってる」

「私もその三つだけなら。夏の大三角ですね」

「うん」

「アニメの知識ですね?」


 うん。


 映し出される春の星空を見上げながら、僕らは二人で苦笑いした。


                    *


 筋肉痛は一週間続いた。

 運動などという、悪魔が考案した遊戯は二度とやらない。


「そんなこと言わずに、また頑張りましょう?」

「嫌だ」

「たっぷりよしよししてあげますから」

「……いやだ」

「膝枕もつけます」

「………ちょっと考える」

「ふふふ」


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