第2話 大丈夫です。いつも通り手を繋いであげますから。

「今日は図書館に出かけませんか?」


 予想していた言葉だった。

 静音が午前中から僕の部屋に入り浸る時は、たいてい提案してくる。


「……行かなくちゃダメ?」

「ダメです」

「好きな事だけやってていい、って言ったのはしず姉だよ?」

「外に出かけられたら、好きな事が増えるかもしれません。メリットが多いです。やるべき、いいえ、やらないとです」


 確かにその通りで、部屋にこもっているだけでは持て余す時間は多い。

 でも……


「い・き・ま・しょ・う」

「分かったよ……」


                   *


「はい。薬を飲んでください。今日も挑戦です」

「うん」


 僕は不安を抑える頓服薬とんぷくやくの錠剤を半分に割って、欠片の片方を水で飲む。


「ゆっくりと量を減らしていきましょう。大丈夫。飲まなくても平気な司くんに絶対なれます」


 もう三週間、一日半錠で毎日過ごせているでしょう?


「……うん」


                  *


「外に出るのは不安ですか?」

「……うん」

「でも二カ月前はまったく外出できませんでした。すごい進歩です」

「……うん」

「司くんは頑張ってます。すごい男の子です」

「……うん」


 静音は優しく目一杯褒めてくれる。

 じんわりと、胸が暖かいものでいっぱいになる。


「玄関のカギを閉めましょう。かちり。確認は一回……二回……三回……はい、終わり。不安は高まってますよね?」

「う、うん」

「でも必ず減っていきます。必ず。の回数も減らせます」

「うん」

「さあ、では行きましょう」


 大丈夫です。

 いつも通り、ちゃんと手を繋いであげますから。


「…………うん」


 この歳で異性と手を繋いで歩くのはとても恥ずかしい。

 でも、家の外にいると不安が高まって仕方ないから……。


 静音との繋がりは、僕の心を平静に近づけてくれる。


 この繋がりが嬉しくて、心強い。


 静音の手はひんやりしていて、気持ちいい。


                   *


 市立図書館は、自宅から歩いて10分くらいの距離の、駅ビルの3階にある。

 ここのライトノベルの充実ぶりは素晴らしく、駅1階の書店よりもよっぽど品揃えがいい。


「あ、やった」

 天使姫の7巻が置いてある。

 読みたかったんだよね。


 僕は本を確保して、いつもの端っこの特等席に座る。


 静音はいつものように、分厚いハードカバーを数冊を持ってくる。

 短い題名の知らない作家ばかりだ。


「相変わらず、難しそう……。面白い?」

「面白いですよ。司くんの好みではないでしょうけど。そちらは天使姫ですか。私も後で読みたいです」

「うん。借りていこう」


 僕らは二時間ほど、読書に没頭した。

 静かな心地よい時間が過ぎていく。

 僕は主人公とヒロインのいちゃいちゃを、思う存分、堪能した。



                *


 いつものように駅前の芝生広場で昼食をとる。

 母が毎日作ってくれる弁当を食べる。

 静音は常にダイエット中で、日中は水分さえも飲まない徹底ぶりだ。


「体に悪いよ?」

「女の子は我慢する宿命の生き物なんです」

「でも」

「私を信頼してください。無理はしてませんから」

「うん……」


 駅前でも平日なので、人の流れは穏やかで、安らかだ。

 時折、駅の構内の機械音が、一定の間隔で耳に届く。


 平和だ。


「来週もまた来ましょうね」

「……うん」

「声が小さいです。き・ま・しょ・う・ね?」

「はい!」

「よろしい」


 ふふっと静音は笑う。


「来週も再来週も、一か月後も二か月後も、半年後も一年後も、五年後も十年後も、ず―――――っと」


 死ぬまで、


「来ましょうね」

「うん!!」

「ふふ。元気でよろしい。じゃあ、帰りましょうか」

「うん、帰ろう」


 帰りに繋いだ幼馴染の手の温度は、行きよりも少しだけ高い気がした。



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