祠を覗いた、その結果。

私の記憶は、もう今や殆ど無い。

今が何年なのか、どれだけ時間が経ってるのか、何も分からない。

文字の書き方も忘れて久しい。どれだけの時間が経ったのだろう?


だけど、御経を唱えること、祈ること、そして祠に近づいたり、触れちゃいけないという事だけが分かっている。

どうしてだろう?私が誰なのかは分からない。だけど、こうやって日々、家の近くを清掃して、誰もいない家に住んでいる。

どうしてこうなってるのか、それは誰にも分からない。


だけど、なんだかお腹が空いたなあとだけ思っている。

何かが食べたい。でも食欲は湧かない。食べちゃいけない気もする。


ああ、お腹がすいた。

そしてたまに、何かを食べに行く。何を食べてるのかは分からない。

霧のような、霞のような、何かを吸っているようにも思う。けど、お腹は膨れない。


今日は何があったか?分からない。

昨日は何を食べただろう?分からない。

明日は何が起きるかなぁ……分からない。


人が何か喋っていても、自分では何を言ってるのか分からない。

たまに、お爺さんと、お婆さんがやってくる。でも誰かは分からない。

その人達がたまに服とかを買ってくるので、使っている。


祠は比較的、新しい。これが私の第二のおうちみたいなものだ。

どうしてこんなに新しいのかは分からない。カビも生えてないし、苔も無い。

ただ、これに何かが近付くと、私の心が叫ぶのだ。


近付けてはいけない!

触らせちゃいけない!

覗き込ませてもダメ!


そうすると、きっと我慢できなくなってしまう。


何を……?かは分からない。だから、私が向かう。

近付く人がいれば、追い払う。触るような事は絶対にさせない。

そうでない動物は……まあ、放置する。なんとなく、お腹が満たされるし。

といっても、まず余程の偶然でもない限り、近付く動物も居ないのだけど。


そして、たまにお爺さんと、お婆さんに連れられて、石造りの住宅街に向かう。

"そこにいる"のは幾らでも食べていいらしい。でも、そうでないのはダメだとか。

なので、そうでないお嬢さんとか、猫とか、そういうのは適当に撫でて、帰る。

最近は皆、板を覗き込んでばかりだ。ここから離れる人も多い。お嬢さんも、よく分からない板を覗き込んでは楽しんでいる。一体、何が面白いのだろう?


でもお腹は満たされない。

だけど、お腹は満たされない。


だから、たまに思うのだ。


また誰かが知らずに入って来やしないかなぁとか。

また誰かが血や鉄を沢山持ってきてくれないかなぁとか。

また何か沢山の鉄が降ってきて、あの祠が壊れたりしないかなぁとか。

また誰かが、ぞろ沢山の人を連れて、あの祠に来たりしないかなぁ……とか。

私と一緒になってくれないかなぁと。


はて、私はそんな事を思う人間だっただろうか?いまいち記憶がない。

そんな事を願ってはいけない気もする。実際、そんな事になったらおしまいだ。

私が私ではなくなってしまう。あの時のように。

あの日の君は美味しかったなぁ、って。あの時は、まだ私は私じゃなかったけど。

大丈夫、君は私と一緒にいる。今までも、これからも、ずっとだ。


……はて、君ってのは誰なんだろう?沢山の私がハテナと思う。

私は、今日も私の掃除をする。参道は綺麗、召し物だってピカピカだ。

そして私は、ついっと。近くにいたイモムシを、掃除したばかりのほこらに放り込むのだった。

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祠と墓 創代つくる / 大説小切 @CreaTubeRose

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