本当の事は何も知らないんだ

"多分、平成10年の8月……"


"私が本堂に幽閉されて、どれだけ経っただろうか"


"本来は使っちゃいけないだろう器に、ただ果物だけが置かれていた"

"お腹が空くと、それを食べた。食欲は出ないけど、食べた"


"明かりは点かないけれど、燭台に火が灯っていた"

"そこまで広くはない我が家だが、それでも本堂は広いので、座布団を布団代わりにして寝て、そして起きて、また寝て……"


"頭がぼんやりする"


"起きている時、せめてもの手慰みに、こうやって筆を取っている"


"どうして?何が起きたの?"

"祠に行くまでの出来事は、書いている間も、そうでない時も、鮮明に思い出せる"

"だけど、祠に行ってからの出来事は、未だに思い出せない"


"そして気付いた。名前が分からない"

"名前だけじゃない。それ以外も記憶がない"

"あの亡くなった二人は一体、誰だったのだろう"

"ボクの、私の手を繋いでくれた、彼は一体全体、どんな顔をしていたのか"

"そして何より……"


「私は一体、誰なんだろう?」


"私の事が分からない"

"近くには、アルバムがある。どうやら幸せそうな家族が写っている"

"どうしてかは分からないけど、旅行とか外の写真は無い"

"幼稚園、学校、どれもこれも多分、この寺の近くだ……"

"だけど、書いてある名前は読めない。分からない。すっぽり、そこの記憶だけ"


"食べられてしまったかのようで"


「そっか……多分そういう事なんだろうね」


"きっと、これは私の写真だ。私の家族写真なんだ"

"どうして置いてあるのかは分からないけど、きっとそういうことだ"

"そしてアルバムの隣には日記。これも誰のだか分からない"


"日記には、何年も……何十年もの出来事が書いてあった"

"そして、年代が平成10年……つまり今に近くなるほど、記憶にある出来事が、記されているのが分かった"

"そうだ、これは私の日記なんだ"


"そして、思い出せる事が、もう一つ"


"しょうわ ろくじゅうねん、はちがつ とおか。ぼくは うらやまのおうちを のぞきこみました"

"そのおうちは、なにか小さくて、だれか すんでるのかなあ と おもったのですが、どうも そうではなさそうでした"

"なので、ちょっと なかをあけてみようと ぼくは おもいました"

"そしたら、ちかくにすんでる おじさんが やってきて おかあさんのそだててる まっかな きゅうこんの はな みたいになりながら、おこってきました"

"いつもやさしい おじさんに ぼくは びっくりして ないてしまいました"

"なぜか おじさんも すこし なきそうな かお になったけど、きょうは ふしぎなことに そのまま おこってきます"

「いいか、ぼうず!ここの ほこらは ぜったい に さわっちゃいかんからな」

"なきながら、たしかに ウチはおぼうさん ですが、ぼくは ぼうずじゃないよとおもいました"

"でも、それよりも このおうちは どうやら 「ほこら」というようです"

"それがいちばんの はっけんでした"


"これは、私の記憶にある。これだけは覚えている"


"この現象と、祠には、何か関係がある"

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