第30話 アーシラ王国②
「……干ばつへの対処療法というのはとても限られているのですね」
「残念ながら。この国では過去何度も干ばつに見舞われていますから、今できることを探して対処しようとすると同時に、次の干ばつに備えた対策もしておく必要があります」
「それが先ほどおっしゃった二本の矢ということですな!」
「ええ。先ほど説明した灌漑農業を覚えていますか? 例えばこの川の上流は降雨量の安定しているグアラから来ているので、この支流は枯れにくい。ここから用水路をひいて田畑の耕作に使えば、雨水だけに頼る農法よりは安心できます」
私が地図を指しながら言うと、周りを囲んだ学者陣がふむふむ、と目を輝かせながら首がもげそうなほど何度も頷く。
その後ろでアゴに手を当ててじっと座っていたウシュマル様は、私を試すような目でじっと観察し続けているようだった。
「そういえば……殆どの村にあるのは浅井戸のようですね。地下水を利用する深井戸を掘れば、降雨量に多少は左右されずに生活用水を供給できるようにもなるでしょう」
私が話しているうちに、いつの間にやら人が人を呼び、王城のほとんどの学者や知識人たちが部屋に集まってきていた。
この世界はまだ、前世に比べると発展途上であり、解明されていないことがたくさんある。
なぜ雨は降るのか。
なぜ干ばつが起こるのか。
その二次被害がどれほどの影響を及ぼすのか。
そして、食べ物や栄養について。
「あとは、これまでの食文化にとらわれず、過酷な環境でも育つ作物を育てるようにしてください。例えば成長の早いアマランサスは、種子から葉まで食べられて栄養価も豊富です」
アマランサスは前世で、世界の食糧不足問題のカギのひとつともいわれていた植物だ。
これまで主力で育てていたトウモロコシや綿が育たないなら、ただ飢えを嘆くのではなく、育つものを育てて食べる方法を考えるしかない。
それが生きるための手段だからだ。
「あとは例えばヒマワリも、干ばつに強いと言われていますね」
「ヒマワリの花ですか? 作っても何にもならないんじゃないでしょうか」
「加工して付加価値をつければ、使い道も売り方もいくらでもあります。自国で食べ物がまかなえないなら、何かしら輸出して外貨を稼いで食料を買うしかありません。付加価値といえば……」
私がふと思い出して頭を回転させていると、周りの人々が好奇心でいっぱいの瞳で私をじっと見つめた。
「アーシラは、おいしいマンゴーを持っていますね」
「は、はあ……。そうでしょうかね?」
ここに来る前にラッセンさんの駄々────というか強い要望で行ったシュトランという村で、私たちはそこの名産であるマンゴーを食べた。
そしてそのマンゴー、ラッセンさんは噂で聞いたことがあったらしいけれど、前世を含めても今までで最もおいしくて甘いと感じるほど、とびきりのマンゴーだったのだ。
シュトランマンゴーという種の特別なマンゴーは、アーシラ領内のシュトラン地域でのみ収穫できるらしい。
しかし驚いたのはそこではなかった。
他のマンゴーとは一線を画すほど甘くておいしいのに、他と同じような値段で売られているのだ。
「シュトランマンゴーを、これまでにない高値で私が買い取ります。ひまわりの種も。そしてアーシラ領内に加工のための工場をつくらせていただけるなら、私がアーシラ人の雇用も創出しましょう」
ひまわりの種はオイルとして食用にも美容にも使えるし、マンゴーもブランド品として貴族には高く売れるだろう。
そしてなにしろこの世界、まだ長持ちする加工食品が流通していない。
ちょうどリゾートアイランドのお土産として地元でとれた魚の缶詰などの販売を計画していたところだったけど、マンゴーもドライフルーツにしてしまえば面白いかもしれない。
もちろん生のマンゴーを使ったデザートだって人気になるだろうけど、加工品なら輸送や日持ちを気にせず、おしゃれでおいしい特別な食べ物として貴族にもウケるはずだ。
「提言したことがすべて実行されることを条件として、今後一年間にわたって私が私財で、返還不要の経済的および食糧などの物的支援をすることを約束してもかまいません」
「なんの見返りが欲しいのだ?」
その時、おお、というどよめきを切り裂くようにウシュマル様の鋭い言葉が飛んできたので、私はその強い瞳をじっと見つめ返してから、微笑んだ。
「私にとってはただのビジネスチャンスですので、陛下から何も賜る必要はございません。ですが……ただちに無意味な人身御供はやめていただけますか。雨が降る仕組みは説明した通りですので」
「しかしお前のいうことが全て真実かは、結果が出るまで長い間わからないではないか」
「でしたら」
私が声を張ると、ウシュマル様が少し驚いたように目を見開いた。
「かわりに私が、独自のやり方で雨乞いの儀式を毎日、城下町の高台でさせていただきます。それでもし雨が降れば、人身御供は二度としないでいただけますよう」
◇◇◇
「正直なところ、想定外だ」
「そうでしょうね。ですが賭けは賭けです。工場に関する契約書がこちらで、これは……あ、それはこちらに拇印を」
「はあ……」
ウシュマル様の盛大なため息を無視して、私は無言で契約書を突きつけた。
謁見の後、干ばつ対策として提言したことはすべて着実に実行に移されていった。
ヒマワリやマンゴーの加工や販売についてもルイスやラッセンさん、テトラの力ではやくもビジネスプランが形になり、工場もかなりの雇用創生になる見込みだ。
私はというと、もちろん助言や案出しには参加するものの、基本的にはこうしたプロジェクトを人任せにしていた。
じゃあ何をしてたかというと────そう、お祈り。
黙々と炎天下のなか、首都でもっとも民からの視線に晒される高台に登り、ただただ空に向かって祈りつづける姿勢を見せたのだ。
そうしてようやく、祈りの乙女として人々にも注目されだしたころ、私は魔法で雨を降らせた。
レヴィン様がいうには、この世界には過去長い歴史を含めて、自然まで操るほどの魔力を持った人間が存在したことはない、らしい。
であるならば、私が魔法を使って雨を降らせたなどと憶測する者さえいるはずがないし、誰もがただ、信心をもった少女による奇跡が雨をもたらしたと思うのは想像にかたくなかった。
予期していた通り、恵みの雨が降った後、
唯一私にとっては予想外だったことがあるとすれば、それはこの話題が熱を帯びたのには、シャーリーンの見た目が大きな影響をもたらしたらしいということだ。
……つまり、ラートッハからやってきたとんでもない「美少女」が、清い心で雨を降らせたというような話は平民も大好きなお伽話のような側面があったのだ。
脚色された私の行動は、貴族の間ではもちろん、平民街でも人気の劇団が演じることでますます国民の間で話題となった。
「はは、君の功績は認めざるを得ないが、我が国民がラートッハのような国の者を讃える言葉を放つようになるなど……」
ウシュマル様が目の前で、自重気味に笑った。
「我が国に魔法使いさえいれば、こんな危機に瀕することもなかったかもしれないというのに」
一連のプロジェクトでウシュマル様と関わった結果、違和感からはっきりとした確信へと形を変えたことがある。
それは、彼がラートッハ王国を妬んでいる、ということだった。
かつて、魔物の脅威にまだ誰もが備えていたころは、魔法使いをラートッハ王国に集めることに誰もが納得していたかもしれない。
しかし時が経ち、魔物の脅威どころか存在さえ誰もが忘れ去った今、ラートッハ以外の国々は歯噛みしている────なぜ、ラートッハだけが
ウシュマル様が真の歴史を知っているかははっきりわからないけれど、少なくとも魔法使いがラートッハ王国にしかいないという現状を嘆いているのは事実だ。
そしてそれを独占することで豊かさを謳歌している────と少なくとも彼は思っている────ラートッハに、並々ならぬ想いがあるということも。
「魔法使いはそこまで万能ではありませんよ。いずれにせよ、自然災害を魔法で食い止めることなど不可能でした」
「しかし、我が国がより豊かであれば、ここまでの被害は……」
「もしラートッハ王国でこのような干ばつが起こっていても、被害は同等まで広がっていたでしょう」
私の言葉に、ウシュマル様は胡散げな顔をしてハッ、と鼻で笑った。
「まあ……雨が降ったのは我が国にとって朗報であることに変わりはない」
「ええ、しかしこれは一時凌ぎです。私が提言した内容をすべて、今回の雨に関わらず履行していただく約束でしたわよね」
「…………わかっている。で、タネ明かしはしてくれないのか? 雨が降ることをコントロールできないというお前の演説は嘘で、何かカラクリでもあるんだろう?」
「いいえ、あのタイミングで雨が降ったのは偶然ですわ。私が何もせずともいずれ降っていたでしょう。私はただそのタイミングまで、ずっと祈り続けようと決めていただけです」
「ほお、なんと思いやりのある少女だな」
ウシュマル様の言葉に、私は笑った。
「…………陛下は、本当の戦争をご存知でありません」
「なんだと?」
「私掠船での海賊騒ぎや海上軍事訓練は、いずれも外国を挑発する行為です。本当に戦ができるとお思いですか? 魔法使いを抱えるラートッハ王国と」
「…………お前、何者だ?」
「私はご存知の通り、間引かれ損ないの公爵令嬢でしかありませんわ。ただ、人が苦しむのを見るのは……もううんざりなんです」
私の言葉に、ウシュマル様が目を見開く。
その姿を目を細めて見ながら、私は言った。
「戦には正当性や国民の支持も必要です。私という存在への敬意憧憬が民の口にのぼるようになったことで、あなたはラートッハを攻めにくくなったでしょう?」
干ばつがもたらした副次的な苦しみは、飢えや貧しさだけではない。
身近なものの病や死。
次々と順番が回ってくる人身御供の候補に、いつ自分の娘を差し出さねばならないのかという恐怖。
現実に疲れきり絶望しきった国民にとって、異国のラートッハからはるばるやってきて、他国民のために毎日祈りを捧げつづけて雨を降らせた美しい少女は、人々の希望となり、そして救いへと昇華した。
「ラートッハには私がいることを、お忘れなきよう」
「はっ……とんだ毒蛇がいたものだ。あのとき、お前を産むことに反対しておくべきだったかもしれんな」
ソファに完全に身を預け、空を見上げたウシュマル様は、しばらくしてやっと指をインクにつけた。
悪役流儀の世界の変え方 はるしののみや @harushinonomiya
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