第15話

春、桜の咲き誇る森の中を通る街道は散りゆく桜の花びらに彩られ一面を桜色に染めている。木陰の間から漏れる太陽の光は穏やかで温かく。たまに吹く柔らかな風は春の匂いを遥か遠くの国まで届けていた。

一人の少女が桜通りの街道を歩いている。長く伸ばした灰色の髪には艶があり、蒼い瞳はまるで宝石のように輝いていた。少女の顔に幼さはあまり残っておらず、歳は二十歳のわずか手前といったところだろう。彼女の正体は各国を渡り歩いては面倒ごとに首を突っ込んでは人を守ったり殺したりする善とも悪ともいえない職、金を信条とする傭兵だった。若くして殺しに付くこの少女の名をクアと言った。


クアは短槍の名手だった。その背には自分の背丈よりも長い短槍を拵えており、その短槍は漆黒の鉱石で作られた不気味なものだった。穂先から石突に至るまでは一緒くたに黒く、その短槍を目にした者は思わず彼女を闇の手のものだと恐れた。だが彼女はそんな人々から疑惑の目をものともしていない。それは彼女が強いからではなく、本当に闇の手のものだからだった。手にするその短槍に与えられた名は『闇の守り人』。伝承では闇に住まう住人が光を追い払うために作られたという魔槍なのだった。そして、それを手にするクアもまた竜と人間両方の血を引く半人半魔なのだ。


そんな人間でない彼女が、長い間を平和な人間の国に住むことは難しい。だから、こうして国から国へと渡り歩いて傭兵をしているのだ。普段は魔物を嫌うような国でも一度戦争が始れば、クアのような人知を超えた力を持つ存在は有難い存在となる。そして、クアからしてみても自らの奥底に潜む衝動に任せて人を殺してやれば、周りから歓迎されるのだから悪い気はしないものだった。

しかし、ここらあたりは平和な国ばかりだ。どの国も互いに友好的である文化的な交流もある。さらに資源も豊富で、飢えという言葉は死語になりつつあるほどだ。そんな安定した国では戦争どころか犯罪もすくなく、そんな清水のような国にクアのような殺しをしなければ生きてはいけない穢れた存在にとっては住み心地が悪い。クアは珍し苛立ちを募らせていた。どうせ戦争が始れば自分を兵器のように扱って依存するくせに、平和なときにはその一欠けらの恩恵すらも与えようとしない。そのことに苛立っていた。しかし、それはあくまでクアが自分の苛立ちに無理やり付けたもっともらしい嘘に過ぎない。本心を言えば人を殺したくて殺したくてたまらないのだ。血を思う存分に啜りたい。臓物や脳漿が飛び散る様をこの目に焼き付けたい。降伏した者の頭を踏みつけて、尊厳を奪い甚振るのが大好きだ。なのにここでは出来ない。クアは今にも叫び出したい気分だった。そんな時だった。遠くから一人分の足音が聞こえてきたのは。途端、クアの口角がぐっと上がったのだった。


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灰色髪の竜傭兵 直治 @Naochi-Yot

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