第6話 封手の行僧②
「なるほど...」
アロは誰ともなく呟いた。
あれから、四人は大通りから移動し、青レンガの塀に囲まれた、路地の突き当たりまで移動していた。
アロは、顎に手を当ててギョウソウの話を整理している。
「つまり、あんたはムルマ教団の国、ムンタラからムルマ様の教えを広めるために来たんだよな...」
「はい、その通りでございます」
ギョウソウは、穏やかな口調で肯定する。
「で、この街はムンタラと、この国、セイカとの交易の
「はい、チシャは大きな街ですし、北方世界への理解もありますので」
どうやら、この街はチシャというらしい。
北方世界というのは、そのままムンタラとセイカの位置関係を表しているのだろう。
ギョウソウの小気味よい返事で、勢いに乗ったアロは更には言葉を続ける。
「そして、飯屋で俺たちの話を聞き、1000年行方知れずのムルマ様の手がかりになるのでは!?と俺たちに救いの手を差し伸べた...、そういう事だな!?」
「はい!仰る通りでございます。」
アロの要約は、かなり内容を省いたものではあったが間違いは無く、ギョウソウも満足気に微笑んでいる。
「ムルマ...」
にこやかな二人とは対照的に、ポロンクセマはやるせない顔でこの世界の管理者の名を呟いた。
「ポロンクセマ様...」
アロはそんなポロンクセマを気遣うように声をかける。
ギョウソウもポロンクセマの方に向き直り、心配そうに少年を見つめた。
ポロンクセマの肩は小さく震えている。
「ポロンクセマ様...貴方様は、もしや...」
ポロンクセマの肩の震えが徐々に大きくなる。
ギョウソウが、ポロンクセマに何か問いかけようとした時、
「...ムゥルゥマァァァ!!」
ギョウソウの言葉を、ポロンクセマの
ポロンクセマの豹変ぶりに、さすがのギョウソウも驚きを隠せなかった。
「まったく...、ポロ...。ホントに...、ポロ...。」
必死に怒りを抑えているのか、ポロンクセマの声は断片的だ。
「ムルマは昔からそうポロ...すぐサボるし、面倒くさがり屋だし、意地悪だし...」
積もり積もった不満を吐き出すように、ここにいない同僚の欠点を列挙している。
「1000年もサボるなんて凄いスケールですね...」
アロは、的外れな感想を述べながら、ポロンクセマを
「凄いなんてもんじゃないポロ...せっかく皆で創ったこの世界をなんだと思って...」
いないものは仕方ない...自分にそう言い聞かせているようだった...
ポロンクセマは頬を張り気持ちを入れ替える。
「とりあえず、ムルマを探すことに変わりはないボロ...」
おぉっという、ギョウソウとアロの声が路地に響く。
「ポロンクセマ様、貴方様はやはりムルマ様と共にこの世界を創られたという...」
ギョウソウは、憧憬の眼差しをポロンクセマに向ける。
ポロンクセマはその眼差しに少したじろいだがすぐに持ち直した。
「そ、そうポロ!僕こそはこの世界を創りし...」
ポロンクセマは、腕を組み、鼻の穴を膨らませながら言葉を続けようとしたが、その言葉はギョウソウに食い気味に遮られた。
「ムルマ様に忠誠を誓った、『創世の召使い』のその人なのですね!」
「......。」
少し興奮気味に言い放たれたその言葉に、ポロンクセマの思考が停止する。
「...なぜポロ!!」
ハッと我に返るが口にできたのは、単純な疑問符だけだった。
時間とともに、停止した思考が徐々に動き出すのを感じる。
「おかしいポロ!間違っているポロ!!」
ギョウソウは、ポロンクセマの反応が意外だったのか、戸惑い半分、気遣い半分といった表情でポロンクセマを見つめている。
「その『創世の召使い』って何ポロ!?雰囲気だけは凄くカッコイイポロ!」
カッコイイ...カッコイイのが逆に気に食わない...
ポロンクセマの複雑な心境は、ギョウソウに推し量ることは出来なかった。
「わ、我々の経典にはムルマ様と名も無き召使い六人の創世の歴史が綴られておりまして...」
ポロンクセマは、その場で子供のように地団駄を踏み、石畳に己の怒りをぶつけることしか出来なかった...。
そんな事で、怒りが収まるはずもなく、かと言ってそうしていても何も解決しない...。
ポロンクセマは、己の無力さに打ちひしがれながら、レンガ積みの塀に切り取られた青い空を見上げた。
「ムルマはそういう奴ポロ...」
ぽつり...と呟いた言葉には諦めと寂しさが宿っている。
「ムルマ様...酷すぎるぜ...俺らの村では創世の七天使の名前は子供でも言えるってのに...」
アロは、思わずポロンクセマから顔を背け、眉を震わせながらそう言った。
ギョウソウは自分が何か大きな勘違いをしていた可能性に思い至り必死に弁明を試みる。
「ポ、ポロンクセマ様...何か失礼がございましたでしょうか...?」
ポロンクセマとて、ギョウソウに悪気がないことぐらいわかっていた。
彼の表情からは、ポロンクセマへの憧憬と尊重の意思が読み取れる。
ポロンクセマは、急に自分の行動が大人気ないものに思われ、その心は恥ずかしさと、虚しさに襲われた。
「...。まぁ...いいポロ...。僕たちは、ムルマと一緒にこの世界を創り、今はそれぞれの世界を管理しているポロ」
ポロンクセマは、ギョウソウに向き直り胸に手を当て、できるだけ丁寧な態度を心がけた。
「それぞれの...世界...」
ギョウソウは、まるで目の前のモヤが晴れ、今まで見落としていた新たな可能性に気付いたように、その言葉を繰り返し、目をぱちくりさせている。
「ポロンクセマ様...」
今度はギョウソウがポロンクセマに向き直り、改まった態度で言葉を続ける。
「今回の件が無事解決しましたら、是非、ムンタラへ来てはいただけないでしょうか?」
ギョウソウの真剣な顔は、ポロンクセマをまっすぐに見つめている。
その目に曇りはなく、ギョウソウの真剣さと裏表のなさが視線に載って痛いほど伝わってくる。
ポロンクセマとしても、ムルマ捜索においてムルマ教団なるものを避けて、目的を達することなど出来ないだろうとは思っていた。
「考えておくポロ...まずは、盗られたものを取り返さないと何も解決しないポロ...」
ポロンクセマは、眼前の僧侶の有り様と、先程の自分の取り乱し方とを比べてしまい、思わず歯切れの悪い返事をしてしまった。
ギョウソウは、あくまでも三人の身元を保証してくれただけで、代金を立て替えてくれた訳ではないのだ...、このまま雲隠れする選択肢はポロンクセマには無かった。
「それについてなのですが...」
ギョウソウは、先程の真剣な表情から一転し朗らかな表情で話を続ける。
「経典では、この世界の貨幣、マース、ファフォス、タイモスはムルマ様が造られたとあります。」
ムルマ様の話になると、声色が特に柔らかくなるのは、この僧侶の信仰心がとても厚いことの表れであったが、その教え自体がポロンクセマの心を逆撫でする。
「そう!僕たちが造ったポロ!」
ポロンクセマは必死に抑えたつもりであったが、口は引き攣り、眉は吊り上がり、心なしか髪も逆立つように膨らんで見える。
ギョウソウは、そんなポロンクセマに気付くことも無く話を続けた。
「さらに、ムルマ様はご自身が造り出された物を意のままに操ったと言われております...」
「ーーー!」
ポロンクセマは、ギョウソウの言わんとすることに思い当たり、電球が着いたように目を輝かせた。
「そうポロ!造ってから時間が経ち過ぎてすっかり忘れてたポロ!」
ポロンクセマとギョウソウは二人して楽しそうだ。
「?」
先程から状況を静観している
「ちょっと離れるポロ...」
ポロンクセマの指示にアロは大人しく従った。
見せた方が早いということだろう、ポロンクセマはアロを無視している訳ではなかったが、説明する素振りもない。
ポロンクセマは何も無い虚空を見つめ、指をこめかみに当てて集中している。
「ムム、あちこち散らばっているポロ...」
アロには依然何をしているのか分からなかったが、ポロンクセマは真剣だ、アロもつられて顔が引き締まる。
しばらくして、ポロンクセマがおもむろに右手を上げた。
その掌は、高いものをとる時のような何かを掴もうとする形をしていたが、ポロンクセマの目をは閉じられ、宛もなく差し出された手は、字のごとく
ーーー何も起こらない。
ポロンクセマは引き続き手を空中に掲げ何かを待っている。
アロも、ギョウソウも息を飲んで彼を見つめる。
美空だけが所在なげに路地の入口の方を見ていた。
「あっ」
静寂を破ったのは美空だった。
アロもギョウソウも彼女に視線を送る。
だが、美空は路地の入口を見つめたまま視線を動かすことはなかった。
ゆっくりと手を上げ、視線の先を指さす。
路地の入口からコロコロと何かが転がる音がし、二人はそちらに視線をやった...。
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