第3話 ムルマの楽園

「はあぁ...」


 ポロンクセマは大きくため息をつくと、目の前の二人に視線を送る。

 二人とも異国の料理が珍しいのか、ポロンクセマのため息など全く気にも止めてもいなかった。


「アロ、お箸はそんな風に持つんじゃないの、こうするのよ! 」


 いつの間にか自分の席に戻った美空ミクは、頬杖をつき、棒状の食器を片手で2つ持ちながら、器用にカチカチさせている。


「? 、!? ...? 」


 アロは、自分の手と美空ミクの手を交互に見比べながら悪戦苦闘中だ。

 箸を閉じるたびに眉を寄せ、開けると眉も開いていることに本人は気づいているのだろうか?


 あの後、美空ミクにくってかかるポロンクセマをアロがなだめ、とりあえず食事でもして落ち着きましょうと店に入り、現在へと至る。


「と、に、か、く、二人とも! 今後、暴力沙汰は絶対に避けて欲しいポロ! 特に美空ミク! 僕の管理していたスフィアとは違うポロ、ここはムルマの創った楽園であり、ムルマの作ったルールが有るポロ! 」


 ポロンクセマは、二人を指さしながら言った


「確かに、前にいた所とは違うわね、あんたのスフィアには草と木しかなかったもんね」


 美空ミクは、ポロンクセマの方を見もせず、大皿から自分の小皿に料理を移しながら応えた。


「やかましいポロ! 君たち地球人類の為に創ったユートピアを! よりにもよって君にそんなこと言われる筋合いはないポロ!! 」


「そうだ! 人の故郷を悪く言うな! 」


 箸の練習を早々に諦めたアロは、口いっぱいに肉を頬張りながらポロンクセマに加勢した。


「アロ...」


 ポロンクセマは、大袈裟に涙ぐみながらアロを見つめる。

 アロは、黙々と咀嚼を繰り返し、水で肉を流し込んでから話を続けた。


「いいか美空ミク、オレの故郷には川がある! そこでは魚も取れる! 肉も、野菜も、なんでもあるぞ! 」


「食べ物のことばっかりポロ...」


 ポロンクセマは、ガックリと肩を落とした。


「そ、それに...山! 山もある! 天を着くようなアバルシス三山は、我らの誇りだ!! 」


 アロは両腕を斜めに上下させ、山の形を表現している。


「ポロが居た山? そんな名前だったのね...」


 美空ミクは、食事を続けながらポロンクセマに視線をやった。


「そうポロ! スフィア・ポロンクセマの名物! アバルシス三山! 赤土と白雪の織り成すコントラストが自慢ポロ! 」


「そうだぞ! 美空ミク! この星で一番の標高を持つあの山々は我々の一族の信仰の対象でもある! どうだ、すごいだろう!! 」


 アロは、いつの間にか立ち上がり、美空ミクに顔を近づけて熱弁していた。


「そうポロ。我らが誇りポロ。」


 ポロンクセマは、何故か遠い目をしている。


「...そういえば、この辺の土は赤くないのね」


 美空ミクは、アロの顔を押しのけつつ、店の外に目をやりながら聞いた。

 店の外には、くすんだ青レンガで積まれた塀に、瓦葺の屋根、赤く塗られた提灯など、美空ミクも直接見た事などない、異国情緒溢れる街並みが広がっている。


「この辺のは、私がよく知ってる土や砂って感じだわ」


「この星の土は元々、赤いポロ... 土から色々なものを子供達に与えると、こういう色になるポロ...。」


 ポロンクセマは、落ち着いた口調で続ける。


美空ミク達、地球人類は弛まぬ努力と、尊い犠牲を元に色々なものを手に入れ発展してきたポロ、そのおかげで僕たちが生まれ、この世界が生まれたポロ」


「僕は、子供たちに製鉄の技術は必要ない、そう判断したポロよ...。」


 テーブルに静寂が戻り、アロはポロンクセマと美空ミクを交互に見比べている。


「―のよ...。」


 美空ミクの震えた声は、他二人には届かなかった。

 美空ミクは、テーブルを強く叩き、ポロンクセマを睨みながら指さした。


「じゃあ、なんでマヨネーズはあるのよ!! 」


 美空ミクの目には怒りの炎が灯っていた。


「おかしいでしょ! 製鉄技術はないけど、マヨネーズはあるって!! 」


 美空ミクの独白は続く。


「私のいたところでは、異世界転生ってのが流行ってて、転生した先で、元の世界の知識で成功するって言うのがお約束なの!! 」


「製鉄技術なんて、女子高生に分かるわけないでしょ! なんで、そういう難しいのだけ無くて、マヨネーズはあるのよ! 」


 アロは、少し考えるような顔をした後、思いついたように手を叩いた。


「あー、美空ミクが初めて村に来た時、自慢げに作ってたな! マヨネーズ! 面白いやつだなぁーって思ったぜ! 」


「やかましい! 」


 美空ミクのハイキックで、アロは机の下に沈んでいった。


「言ったはずポロ、ここは楽園。マヨネーズのない楽園なんて考えられるポロ? 」


 ポロンクセマは、当たり前のことのように聞き返す。


「この星は、君たちのために創られたのだから、君たちに必要な物、好きな物は大体あると思っていいポロ、手付かずの自然というのも、そういったものの1つポロ」


 美空ミクは、大きく息を吐くと、落ち着いたのか自分の席に座り、食事を続ける。


「まあ、こっちの料理が美味しいのはありがたいんだけどね...」


 現代知識無双を夢見る少女の目は、油断なく辺りを見回している。

 白い土壁、赤く塗られた木の柱、木製のテーブルの上には、各種調味料が置かれていた。


「......この街なら、ないんじゃない!? マヨネーズ! 」


 少女の目に再び光が宿り、目の前の少年に期待の眼差しを向ける。


「…きっと、ないポロな...... 」


 ポロンクセマは、呆れたように続ける。


「さっきも言ったポロ、ここはムルマの創った世界で、ムルマの作ったルールがあるポロ、このテーブルにマヨネーズがないということは、ムルマが必要ないと判断したということポロ」


「卵に油をゆっくり混ぜながら、よく泡立てる... 塩と酢で味お整えれば完成よ...。売れる...売れるわ... 」


 例に漏れず、ポロンクセマの声は少女には届いていなかった。


「まあ、やってみればいいポロ、すぐにムルマの調整力が働いて有耶無耶になるポロ... 」


「ポロンクセマ様、ムニャムニャとはなんでしょうか? 」


 アロの疑問にポロンクセマは答えなかった。


「あと、もう1つ付け加えるなら、美空ミクは転生者には当たらないポロ、時間をかけて地球からやってきた初めてのお客さんポロ」


 ポロンクセマは穏やかな目で美空ミクを見つめる。


「気づいたらここにいただけよ、どうやって来たかも分からないんじゃ、転生したようなものじゃない... 」


 穏やかな表情の少年を、気まずそうに見やりながら、呟くように言った。


「ていうか、なんか悪いわね...。そんなに待ち望んでたのに、早々に帰りたいなんて... 」


「僕たちは、地球人類の願いを叶えるのが仕事ポロ。美空ミクが帰りたいのであれば、止めないポロ」


 ポロンクセマは、肩をすくめながら応える。


「逆に僕も申し訳ないポロ、地球とはここ最近連絡が取れてないポロ、地球から迎えに来て貰えないなら、君を地球に帰すには管理人全員の権原けんげんが必要ポロ」


「とりあえず、そのムルマっていうのを探せばいいのよね... どこにいるかは分からないの? 」


 いつの間にか、テーブルの上の料理は食べきってしまい、美空ミクは手持ち無沙汰にコップの淵を指でなぞっていた。


「さー、僕も他所よそのスフィアは勝手が分からないポロ、このスフィアで1番栄えているこの街ならきっとムルマの居場所もわかるはずポロ」


 そういうと、ポロンクセマは立ち上がり、二人の方に無邪気な笑顔を向ける。


「まずは、聞き込みポロ! 管理人は、地球人類の為に存在するポロ! 見つけちゃえばこっちのものポロ! 」


 美空ミクは頷き、立ち上がってポロンクセマについて出口へ向かった。


「さあ! アロも来るポロ!! 」


 ポロンクセマは希望に満ちた眼差しをアロに向ける。

 当のアロは血の気の引いた顔で、中腰になりながら、腰元を何度も擦っていた。


「―あ...ません...。」


 アロの消え入りそうな声で、ポロンクセマと美空ミクは立ち止まる。


「何ポロ? 」


 自分の感情とアロの表情のギャップに戸惑いながら、ポロンクセマは聞き返した。


「申し訳ありません! 財布を無くしてしまいました!! 」


アロの悲痛な叫びに、さっきまで騒がしかった店内が一瞬にして静まり返った。




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