第2話 プロローグ②

「それにしても、君、綺麗な髪だねぇ、もっとあっちの方でお兄さんたちとお話しないかい?」


男はそう言いながら、ポロンクセマノの髪を撫でた。


「...ッ!!」


髪を撫でられたことなどない、少年は自分の首筋が粟立つ《あわだつ》のを感じた、自然と首筋に力が入り、ぎこちない動きで見開いた目を頭ごと男に向ける。


「ボ、ボクは食べても美味しくないポロ...?」


さっきまで居た、明るい表通りの喧騒は遠く、反対方向に続く路地はひっそり静まり返っていてどこまでも続いているように思えた。


「それは...食べてみないと分からないんじゃないか?」


今度は別の男が、ポロンクセマの肩に肘を置きながら少し考えるように間を開けた後、微笑みながらそういった。

さっき髪を撫でてきた男の顔と瓜二つだ、尖った顎には髭が生えておらず、切れ長の目は蛇のようだ、長い赤みを帯びた髪をお団子状にまとめ、同じ様な麻の服の上から真っ赤な羽織を着ており、路地の薄暗さも相まって見分けは殆どつかない。

周りを囲む、男の仲間達がせせら笑う声が聞こえる。

仲間だと判断したのは、皆一様に赤い羽織を着ているからだ。


「そ、そぉんなことないポロ!語尾にポロとかつけてる変なやつは、食べるとどうなるか分かったもんじゃないポロ!!ナニとかモゲるポロ!!」


ポロンクセマ自身、自分が何が言いたいのか分からなかった。

表取りで、赤い羽織の男にぶつかり、〝よォ兄ちゃん前見て歩けよ〟に続いてあれよあれよと路地まで連れてこられてしまった。

早い話が、絡まれてしまったのである。

アロや美空ミクともはぐれてしまったが、今はそんなことどうでもよかった。

大事なのは目の前の男たちをどうするかである。


「ムルマの子らになにかする訳にも行かないポロ...。」


「何か言ったか?少年?」


髪を撫でていた男が聞いた。


「な、なんでもないポロ!健やかな肉体を育むためにも、日頃から食べるものには気を配った方がいいと思うポロ!!」


「ムルマって言えば、天使の名前だろ?この世界を作ったって言う」


肩に腕を置いたまま、2人目の男が言った。

〝お前よくそんなこと知ってんな〟〝俺はベンキョー家なんだよ〟〝オヤジの受売りだろ〟といった掛け合いがポロンクセマの頭上で何度か交わされる。


「てか、少年よくそんなこと知ってんな?」


男の手は、ポロンクセマの髪をサラサラと上げては落とししている。


「当然ポロ!天使の偉業は世界の歴史そのものポロ!」


髪をいじられることに慣れてきたポロンクセマは、状況は何も変わってないのに上機嫌だ。


「ムルマや、他の天使は皆、白髪で見目麗しい少年・少女の姿をしているって話だよな」


肩に手を置く男の目が、先程よりも注意深く少年を観察していることに、ポロンクセマは気付いていない。


「ムルマが、少女って言うのはちょっと無理があるポロね」


ケラケラと呑気に笑っている少年の肩から、そっと腕をどけ、男は少し考えたあとなにか言おうと口を開いた。


「 」


「いやぁ、ごめんなさいねぇ、この子になにか失礼でもありましたか?」


彼らの頭上から、突然声がした。


「「!!」」


男二人は、咄嗟に飛び退き、声の主と白髪の少年から距離をとる。


「アロ!遅いポロ!!」


そこには、大柄な青年が立っていた。


「いやぁ、すみませんー」


青みがかった髪を無造作に掻き揚げながら、筋骨隆々の青年は、緊張感のない笑顔でそう答えた。

どうやら、周りを囲んでいた仲間達に悟られずに、少年の元に近づき、3人を見下ろすようにして声をかけてきたらしい。

飛び退いた男二人の目尻は一層細くなり、油断なく、アロと呼ばれた青年を観察していた。

青髪混じりの髪、異文化を感じる衣装、紐で腰からぶら下げている斧にはカラフルな飾り布が括り付けられていた、いずれもこの地方には見られない特徴だ。


「「お前は何者だ?」」


男たちは、問いかけると共に、低く腰を落とし、臨戦態勢に入る。

アロは、依然呑気な顔で、腕を組んでリラックスしている。


「いやなに、オレはこの方の連れでな!一緒に居られないのはマズイんだ...」


アロの、あまりに緊張感のない声色に男たちは、顔を見合せる。

しばらく沈黙が続いた。二人は、まるで見つめ合うことで意思疎通をしているかのようだ。


「俺たちは、その少年と仲良くしようとしてただけだよ」

「なんなら、あんたも一緒に来るかい?」


そういうと、二人は臨戦態勢を解き、片手を挙げる。

すると奥から、青年よりもふた回り大きな男が、のそのそと歩いてきた。


「まあ、大人しく着いてきた方がいいとは思うけどな」

「ホントにその少年と仲良くしたいだけだ、手荒なことはしたくない」


男2人がそういう間に、大男はアロの目の前まで近づいて来た。

身長2mのアロが大男を見上げる。横幅は倍程もありそうだ。


「...だから、オレはこの人と一緒に居られればそれでいいんだって」


しばらく2人は見つめあっていたが、アロは組んでいた腕を解き両手を広げそういった。


「助かるぜ、こっちだ」


男の片方がそういうと、顎で路地の奥をさしながら歩き出した。


「あ、実は連れはもう1人いるんだ、手分けして探してたんだが、そいつも一緒でいいか?」


「なんだよ、お前、子供じゃねぇんだから...」


もう片方が、振り向きながら文句を言い終わる前に、アロは頬に風を感じた


「!」


咄嗟に後ろを振り返ると、そこにはキョトンと首を傾げるポロンクセマしかいなかった。

同時に、肩に違和感を感じた、攻撃を受けた訳ではない、木の葉が落ちるような、軽く肩をた叩かれたような、小さな子供に踏み台にされたような...


アロがその違和感に気づいた瞬間、周りを取り囲む男たちから、動揺するようなどよめきが起こった。


アロが振り返ると、そこには宙に浮かぶ少女の後ろ姿があった。

先程の違和感はこの少女、来栖美空クルス ミクが自分を踏み台にして跳び上がったものだとアロが気づいた瞬間。


「な、なんだ!てめ...」


大男の声は、少女の蹴りに遮られ、続きを聞くことは出来なかった。


少女の脚は、大男の顔にめり込んだが、それだけでは勢いは止まらず、大男は体ごと路地の暗闇に吹き飛ばされる。

しばらくして、奥の方で重たいものが固いものにぶつかる音が聞こえた。

辺りはしんと静まり返り、まるで大男と一緒に周囲の音も路地の暗闇に吸い込まれたかのようであった。


「やべぇ...」


ついさっきまで、クスクス笑っていた取り巻きの誰かがそういうと、止まっていた時間が動き出したように、周囲に動揺が広がる。


「どうした!何かあったのか?」


大きな音を聞きつけて、表通りから男が3人、こちらに向かってきた。

アロは、男たちの服が、この街の治安を維持する兵士のものであることに気がついた。


「逃げるわよ!」


美空は、そういうとアロとポロンクセマの腕をとり、表通りの方へ走った。


「あ、君、待ちなさい...!」


男達は一瞬、美空達を引き留めようとしたが、赤い羽織を着た男達が路地の奥に逃げるのを見て、しばらく迷った後、全員その後を追って行った。


表通りの雑踏をしばらく走ったあと、3人は足を止めた。

息も切れ切れに、美空に引きずられていたポロンクセマは、しばらくゼイゼイしていたが、

息を整え、深呼吸した後、美空に向き直って


「なんてことをしてくれたポロ!!!」


と大声で言い放ったのであった。


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ポロポロププッカ 瑞元 義亜 @psrhy

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