ポロポロププッカ

瑞元 義亜

第1話 プロローグ

「悪かったわよ...。」


明らかに反省していない反省の言葉が、騒がしい店内に吸い込まれていく。

少女の目に生気はなく、行儀悪く口に挟んだ木製のコップはプラプラと揺れていた。


「全然反省してないポロ!!」


少女の声は届いていたが、その態度と相まって、四角いテーブルの向かいに座った白髪の少年は身を乗り出して少女を問いつめた。


「このドームに入る時に言ったポロ!ここは他人の家だと思えって!地球ではお呼ばれした家で飼い猫を蹴り飛ばしたりするのかポロ!?」


少年の顔立ちは非常に整っており、街では誰もが振り返り、白い肌や髪は吸い込まれそうだ、服も白だが、目だけが黒く透き通っていた。

だが、少女が目を逸らしたのは恥じらいによるものではなく、少年の怒気に押されてのものだった。


「そ!、そんな地域も...あるんじゃ...ない...?」


少女の言葉は、少年のまん丸い目ががキッと引き締まると共に小さくなって行った。


「だから、悪かったわよ...次からは気をつける...。」


少女は長い黒髪を指先でクルクルし、伏し目がちになりながら呟くように改めて反省の言葉を言った。

今にも泣き出しそうなその顔の造形は、少年に勝るとも劣らない。

少年の肌は白く透き通り、どことなく浮世離れしているのに対して、少女のそれは圧倒的健康美とでも言えば良いのか。

血色の良い肌につり上がった目尻、細い眉は普段であれば勝気な印象を受けるが、その眉は今や雄弁に悲しみを訴えかけてくる。


「ッ!...。」


少女の珍しい態度に少年の勢いが弱くなる。


テーブルに沈黙が流れた。


「ま、まあ、過ぎたことですし、今回は仕方ないんでは無いでしょうか?」


両の手のひらを振りながら、少女を庇ったのは同席していた青年だ。

体格は筋骨隆々という言葉にふさわしく、服の上からでも発達した筋肉が伺えた、何よりも見上げるような巨漢だ。

立ち上がれば2mは優に超えるだろう。

青みがかった髪は、無造作にかき上げられ精悍な顔立ちをしているが、今は目の前の2人を気遣うような愛想笑いを浮かべている。


美空ミクは、俺たちを助けようとしてくれた訳ですし...責めすぎるのも良くないかと...。」


美空と呼ばれた少女の顔は伏せられていて、表情は伺えない。


「ア、アロは美空の味方ポロ!?君たちの世界の管理人として僕は君たちを子供のように慈しんで来たポロよ...?」


アロと呼ばれた、青年の表情に若干のひきつりが追加され、額に汗が浮かぶ。


「ポロンクセマ様...し、失礼致しました...。」


が2人に増え、テーブルは静寂に、包まれた。

昼時の店内は、昼食をとる人の話し声やら、物音やらでやかましかったがこのテーブルだけは、まるで隔絶された空間であるかのように静まり返っていた。


「え!?僕が悪いポロ!?」


隣のテーブルの客が立ち上がり、爪楊枝を咥えながら店から出ていき、次の客が案内も待たず席に座った。


「わ、わかったポロ、次から気をつけてくれればいいポロ...。でも、このドームの管理人に会ったら、真っ先に謝るポロよ...。」


ポロンクセマはそういうと、テーブルに置かれた大皿料理に手を伸ばした。

大皿には、小麦を練って作った生地に肉種を包んで蒸した料理が載っている。マントウと言うらしい。

周りの客を見るに、これは手で直接掴んで食べるようだ。


このドームに来るのは、ポロンクセマも初めてであり、旅の今後を考えるとこんなことでギクシャクするのも馬鹿らしかった。

ポロンクセマは席に着きながら、諦め半分疲れ半分といった目線を美空に向けつつ、手に持ったものを口に運ぼうとした。


「あ!りがとぅ!」


次の瞬間、ポロンクセマの目に映ったのは、さっきまでのしおらしい態度とは真逆のハツラツとした少女の笑顔と、少女の手で払い飛ばされ宙を舞うマントウの姿であった。


「...なッ!」


突然のことに反応が遅れたポロンクセマは、空飛ぶマントウをただ見つめるしかなかった。

店の高い天井に着くか着かないかの高さまで飛んだマントウは、頂点を過ぎるとそのまま下降するかにに見えた。

だが、下降を始めたマントウは、大きく跳び上がった少女の口に咥えられ、少女と共に着地したのだ。


「...。」


「だから、悪かったわよ。次から気をつけるわ。あッ!これ美味しい!!これはいい肉まんね!」


ポロンクセマのジトッとした視線に、片手を挙げて応えた少女は、今はもう目の前の食事に夢中になっている。


「ハァァァ...」


ポロンクセマは大きな溜息をつきながら、呑気な顔でマントウに手を伸ばしているアロと、さっきまで自分の手に在ったマントウをパクパク食べる美空を見比べ、今日の午前中にあった出来事を思い返していた。





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