第46話 お嬢様、百スチルはリアルイベントに如かず、です!
その後も、お嬢様はノールとシュド姉妹、それぞれの指導をめげずに受け続けていた。
ノールは相変わらずの黒ノールっぷりを発揮し、お嬢様に対して厳しい姿勢を崩していない様子だ。
「まだ足りませんわね。もう少しレベルを落として差し上げた方がよろしいかしら?」
「この程度でいいなどとは思わないで下さいませ、クリスティアーヌ様。ノエル様はもうじき基礎を学び終えますわ。つまり、貴方様と同じレベルを学ばれる日もそう遠くないということです。危機感を持った方がよろしいですわよ」
指導中は同席できないから、時々仕事するフリをして扉越しに様子を窺っているんだが、聞こえてくるのはノールの厳しい発言ばかりだ。しかも、ノエルをやたら持ち上げているのはやっぱり引っかかる。
ノエルはあの過酷なミニゲーム……もとい、ノールの指導を順調にこなしている、ということだろうか。
ちなみに、そっちの指導も気になったからこっそり見に行ったんだが、何故かノエル付きの従僕に見つかり、
「関係のない方の立ち入りはできません」
と冷ややかな眼差しと共に追い払われており、盗み聞きもできない状況だった。
ノエルは植物が好きで、王宮入れしてから庭師と仲良くなったことをきっかけに、彼女の持つ水魔法を用いて中庭の花の手入れをするようになる。以前ノールもそう話していたことから、その辺りはゲーム同様の展開になっているようだ。
せめてそっちも確認しつつ、彼女と話せないかなと思ったんだが、それも例の従僕が目ざとく見つけ、俺より先に彼女に話しかけて妨害してくる始末。ってかやっぱりあのガキ、俺がノエルに接触しないようガードしてやがるよな? あれか、お嬢様に代わって俺がライバルのノエルを監視しようとしてると思われてるのか。まあ、監視って言うか、そっちの状況を把握しようと思ってるのは確かだが……。
そんな訳でノエルサイドも今どういう感じなのか全然分からない。ノールがあれほど褒めてるってことは、攻略に必要な魔法のステータスはいい感じに育ってるんだろうが。
「……いやぁ、まいったまいった……」
そんな独り言を漏らしつつ、俺はモップとバケツを手に、お嬢様達の現住居である『ドロワット』から王族の皆様がお住まいの『セントール』に繋がる外通路を清掃していた。
お嬢様のレッスン中、俺は王宮所属メイドとして、清掃や洗濯などの雑務を行っている。メルセンヌ家の二倍、いや、四倍くらい広いから『ドロワット』のみでも場所を覚えるのはマジでキツいし、あちこち移動するとめちゃくちゃ疲れるんだよなぁ。最初の一週間は筋肉痛がずっと治らなくて大変だっだもんだ。三週間経過した今は慣れたとはいえやっぱり大変だから、ちょくちょく休みを入れている。
今も移動だけでひーひー言ってるから、ちょうど見えた中庭の傍で一息入れるかな。
と、足を向けた途端、俺は固まった。
美しい花々が咲き誇る小さな中庭。その中央に置かれた木製のベンチに先客がいる。足がバカ長くて浅黒い肌のイケメンという名の先客――ノワールだ。
上着を脱ぎ捨て、灰色のカッターシャツのボタンも三つ開けられて、そのセクシーな谷間が丸見えになっている。
そこからは、無意識の行動だった。
俺は俊敏な後退りを決めた後、素早く通路の柱に身を潜めた。
俺の前世の記憶が正しければ、ここにノエルが――来た!
水色のローブを身に纏ったノエルがバスケットを手に、通路内に入ってきた。あのバスケットの中身はノエル手製のサンドイッチだ。王宮では平民の時とは異なり豪勢な食事が出るが、ノエルは故郷の素朴な味が恋しくなり、お昼時にこっそり手作りするようになる。
その材料は確かマリーが準備してくれたと思うんだが、今回の彼女は最初のお茶会以降ここに姿を見せていない。お嬢様の話では魔法学校に通っていて、その勉学に勤しんでいるらしい。ゲームでも同じように通っているって設定はあったが、完全にノエルのサポート役に徹しているイメージだった。やはりこれもお嬢様が悪役令嬢から遠ざかっていることによる影響なのか――いや、今はそのことは置いといて。
ベンチで食べようとそちらへ足を向けたノエルは、昼寝しているノワールを見つけて固まった。おお、まさしくノワールルート最初のイベントだ。ステータスは根性が二十と魔力量が三十五に達していて、ノワールからの好感度がそこそこあれば発生する。どうやらノワールはお茶会時点で彼女にそれなりの好意を抱いたらしいな。
……お茶会ではあんま絡んでなかった気もするが。
「……綺麗」
ノエルがぼそ、と呟く。
止まっていたはずの足は自然とノワールの元へ向かう。
ここでノエル時点のスチルがバァンと出てきて、眠るノワールの色気ムンムンをこれでもか!というくらい食らう訳だが……いや、ノエル、めちゃくちゃ顔近づけるな?! しゃがみ込んだだけじゃなく、ぐいっと一気に顔近づけてる!
た、確かにあのスチル、めちゃくちゃノワールのドアップだったけど、まさかそこまで顔近づけてるとは思わねーじゃん?!
すげえな主人公、めちゃくちゃグイグイいくじゃん!
なんてノエルの行動に大興奮したのも束の間、彼女の肩を浅黒い手ががっちりとつかんだ。
「――添い寝してくれるつもりなら、もっと近づいてくれないと」
少し掠れた艶やかな声と共に、ノエルの体がさらに大きく傾く。大きく目を見開く彼女の目と鼻の先には、ノワールの漆黒の双眸と艶っぽい笑みが浮かんだ厚い唇が。
「グゥエっ」
前世ぶりのキショイ叫び声を上げそうになった俺は、慌てて両手で口を塞いだ。
し、しまった……攻略対象との甘いシーンを目にするたびにムズムズしちまって、それを解消すべく奇声を上げるという前世からの悪癖が出ちまった。いや、受け付けないって意味じゃなく、なんかこういうシーンってさ、すげえ恥ずかしいんだよな。恋愛経験ゼロ男だからなおのこと思うのかもしれねえけど。
兎にも角にも口を全力で押さえつけながら再び二人を窺うと、真っ赤になったノエルがノワールから飛び退いているところだった。
「ご、ご、ごめんなさい! 私、そんなつもりじゃなくて……っ」
「そんなつもりにしてくれてもいいのに。俺はいつでも大歓迎だけどな?」
上半身を起こしたノワールの、少し乱れた紫色の髪が彼の浅黒い肌に零れ落ちる。
す、すげえ、ここはゲームだと使い回しのノワールの立ち絵が映ってるだけで、ノエルの一人称でノワールの様子が描写されてるだけなんだが、リアルだと髪の動きまでくっきりはっきり見えちまう。すごい、リアルってすごい。
「あ、あの……の、ノワールさん、はどうしてここに……」
「俺のお気に入りの昼寝スポットなんだ。騎士宿舎だとむさ苦しい上に落ち着かないからねえ。これで気に入った女の子を連れ込めたら最高なんだけど」
紫色の髪を無造作に掻き上げながら、ノワールがさらりとそんなことを言う。
こらーっ! うら若き乙女の前で「連れ込む」なんて言っちゃいけません! めっ!!!
とツッコミを入れたい気持ちをエプロンの裾を噛み締めながら堪えていると、呆然としていたノエルにノワールがにっこりと胡散臭い笑顔を浮かべた。
「お相手してくれるかい? ラピュセル様」
「え、えと、お、お相手、とは?」
「そうだなあ。まずはその君の甘い果実のような唇を一口」
そう言ってずいっと顔を寄せるノワールに、ノエルが小さく悲鳴を上げて飛びのこうとする。が、彼女の腕をノワールはがっちり掴み、それを阻止した。
「あ……っ」
「嫌だなあ、ラピュセル様。ほんの冗談さ。君に手を出したと知られたら、俺の立場が危うい。流石の俺もそんな馬鹿なことはしないさ」
ノワールの言葉にノエルが安堵の表情を浮かべる。
が、それは束の間のこと。彼女の腕を強く引き寄せ、自分の胸元へと誘うと、ノワールはその耳元に囁く。
聞こえない、が、これは脳内再生余裕だ。
「時々ここに来て、俺の添い寝をしてくれる? もちろん、何もしないよ。隣で寝そべる君の温もりを感じられたらそれでいいから」
いや、これ、どう考えても「俺、手を出します」宣言やないかーい! 実際、ルートを進めると危ういシーンがちらほら出てくるやつだーい! けど、ノワールのやつ、本気になると急に臆病になっちまって、結局最終的にはノエルから手を繋がれただけで真っ赤になるウブ男になっちまうんだーい! 俺、何度もクリアしてるから知ってるんだぁい! 恋は軟派男を変えちまうんだーい!
と、俺が心の中で思いつくだけのツッコミを入れているうちに、ノエルは真っ赤になって逃げ出していってしまった。ゲームのイベント通り、サンドイッチ入りのバスケットを置いて。
……待て。このイベントが発生したってことは、今現在、ノエルはノワールルートに入ったってことか? や、まだ他のキャラとのフラグを立てるとか、ステータスの値が変動すれば逸れる可能性はあるけど。
えっと、待て、ノワールルートが成立したら、お嬢様はどういう行動に出るんだったっけ。確かーー。
「おーい、そこの百面相メイドくーん」
「ひょわい?!」
いきなりノワールの艶やかボイスが正面から聞こえて来て、咄嗟に奇声を上げてしまった。
ワォ。いつの間にかノワール様の逞しくもセクシーな浅黒お胸が目の前にあるぜ。さすが騎士、胸板の厚さがパネエぜ。いや、感心してる場合じゃねえぜ。どうするぜ。
「のっ、の、の、のわ……っ」
何とか取り繕えやしないかと口を開くも、頭も舌もろくに回らねえ。
そんな俺を、ノワールは楽しげに見下ろしていたかと思うと、ぷ、と噴き出した。
「っく……はははっ、アンタ、やっぱそうじゃない!」
「……へ?」
「そのリアクション! 変な奇声上げるクセ! 動揺した時の取り繕い方の下手くそ具合! やだ、まんますぎて笑っちゃう〜!」
けらけら笑いながら、片手をぱたぱた振るノワール。
あれ。動きとか口調とか、全然ノワールっぽくない、というか、なんかめちゃくちゃ既視感あるような……。
「ちょっと、私は気づいたのに、アンタはまだ気づかないの、ジュリ」
ジュリ。五年ぶりに聞いたその名前――前世の俺の名前に俺は目を見開いた。
「な、何でその名前……っ!」
「えー、これでもだめぇ? 白状な弟だなぁ、あんなに可愛がってやったのにさ」
「…………お、オトウト?」
「じゃあ、これで分かる? 私の推しの三大条件!」
ノワールが三本指を立てると同時に、奴と俺は叫んでいた。
「紫の髪、浅黒い肌、寂しがりやチャラ男!」
まるで呪文のようなそれは、前世の姉の口癖。
――そう、姉である。
「姉……ちゃん……?」
「ハァイ、樹里! 八十年ぶりだね!」
そう言ってノワール――もとい、前世の姉こと相馬花音は茶目っけたっぷりに片目を瞑ってみせたのだった。
お嬢様、フラグを折るのはお任せ下さい! もくせい @moku6moku
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