故郷の祠、苛立ちの里帰り

カルア

故郷の祠について

私が幼少期を過ごした村は廃村になっている。

物心がついたかついていないかの頃に麓の町に引っ越してしまったために殆どの記憶は朧気だが、一つだけ覚えていることがある。


祠についてだ。


その祠にこれといった謂れは無い。

それもその筈で、キリマ村は大正期に石炭需要の高まりを受けて人っ子一人いない山奥を切り開いて作られた鉱山を始まりとする村落であった。

当然、人が集まり、しかもそれが採掘だなんて人死にの絶えない仕事だということで坊さんやらなんやらもいたわけだが、土着の信仰に関してはあるわけがなかった。


祖父曰くその祠は、閉山の噂が確信を持って語られ始めた頃に現れた。


"誰が作った"なんて話は誰も知らなかった。

当然"何を祀った"なんて誰も知らなかった。


ただ確かなのは気づくと坑道への道や下山道の中心にぽつんと置かれるということだった。

そして、それが何かは分からなくとも命がけの職で願掛けには人一倍うるさい鉱夫たちは丁寧に端に避け、一日の無事を祈るなんてことが閉山までの間繰り返されたそうである。


なんでそんな話を覚えているかと言えば、私もその祠を見たことがあるからだ。

祖父の軽トラに乗って麓に行く道中、コンクリートの道路の中央に苔むした祠がさも当然、ウン年前からそこにいましたとでも言いたげな姿で鎮座していたのを覚えている。

祖父は軽トラを止めると端に避け、軽く拝むと車に乗り直し、麓までの道中にこれまでの話をしてくれたという記憶である。

私にとっては、小さな頃に体験したちょっとした不思議として記憶の端の端に追いやられていた思い出だ。



なぜこんなことを今更になって思い出したかといえば、Googleマップのある書き込みがきっかけである。


ふと自身のルーツについて気になった私は、ネットで幼い頃に住んでいた村について調べてみた。

アメリカの誇る超大企業の調査力というのは凄まじいもので、廃墟マニアか地元の役所の人くらいしかこなくなった廃村への道もばっちり地図化されている。

それどころか、撮影車まで来たようでストリートビューで3Dで見られるなんてのは流石に驚かされた。


話を戻そう。


なぜそれが祠の話につながるかといえば、Googleマップ上、廃村故に空白地帯となった一帯のなかにぽつんと一つ赤いピンが立っていたからであった。

ロケーション名はシンプルに"祠"。


場所は麓と終点である坑道を結ぶ道のど真ん中、折り返し地点の急カーブのところ。

このど真ん中というのは上下の距離のことだけでなく、左右についても道の中心になるようにピンが立っていた。


正直誰かのいたずらを疑ったわけだが、驚くのはその後だった。


1.1★☆☆☆☆(572)


廃村とは思えないレビュー数。

それも、圧倒的低評価である。


大炎上した企業の事務所くらいでしか見ないレビュー数と評価。

いたずらにしても山奥の一地点にやる意味はなかろうと怪訝に思いながらレビュー文を見てみるとそこは罵倒の嵐だった。


祠を轢いて車が壊れたやら、先が見えない急カーブの死角に出るなんて性格が悪いやら。

ポ○モンGOでもモン○ンNOWでも微妙に山側にランドマークとしての位置がズレていて取れない。

しばらく行かないと車の修理代を電光表示させながら夢に現れるとか。

前回ぶつかった場所の手前で停止したら出てこず、帰り道油断してたら急に前に現れて轢かされたとか。

何度壊しにいっても復活して現れてムカつくから今度は職場の重機で行くといった書き込みまであった。

おい、最後の奴らはリピーターかよ。


ちなみに書き込みの約半分は祠に腹をたてた誰かに雇われたであろう中国人による代理罵倒書き込みであった。

金までかけるとは手が込んでいる。


「なんでこんなことに……?」


故郷のふわっとした怪異が有名になっていた。

なんかタチの悪い当たり屋的な意味で。


私は知っている。

この"なんでこうなった"なんて話は誰もしらないことを。

そりゃそうである。

祖父たちが寿命を迎え、村のただ一人の生き残りとなった私が知らないのだ。

誰も知るわけ無いのである。

ただ村の誰もが知らなかった"何を祀った"かについては少しわかった。

中身は相当に性格が終わっている輩らしい。


私に"あの祠壊したんか!?"の後に語る言葉はない。

ただ、唯一の同郷の横暴と自由っぷりに幼い頃の思い出が汚された気がしてイラッとしたのは確かだ。

何より、郷土史の片隅に少し記録が残されているだけの私の故郷。

誰かに祠の出どころが調べられて故郷の記録とセットでタチの悪い怪異モドキが語られることになる恐れがあるのは我慢ならない。


今週末、誰もいなくなった村に云十年ぶりの里帰りをしよう。

そして、唯一の元村民として思い出の祠を徹底的に壊してやろう。


私は早速、大型車を借りれるレンタカー屋と車の1day保険を調べ始めた。

一瞬、祠の目的に気がついたような気がしたが……。

すぐに頭の何処かへと消えていった。

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