この愛は“永遠”に

夕緋

この愛は“永遠”に

「君には権利が与えられた。そう滅多にあることじゃない。己の幸運を誇るといいよ」

 意識が戻った時、最初に言われたのがこれだった。けれど、その意味は1つも理解出来なかった。目の前の光景があまりにも信じ難かったからだ。

 俺に声をかけてきたそいつは、仰向けに倒れた俺の上に座っている。両足で俺の腹を挟んでしゃがんでいる。それなのに俺は重さを全く感じない。

 その上、白の長髪を風になびかせるその姿は、ガラの悪い座り方からは程遠いほど美しい。

「僕の美しさに見惚れててもいいけどさ。早く選んだ方が良いよ? 君が死ぬか、彼女が死ぬか」

「は?」

 思わず体を起こそうとするが、手も顔も1ミリたりとも動かない。こいつの言っていることも分からない。

「仕方ないなぁ。説明してあげよう。君は彼女を殺そうとしてナイフを振りかぶった。それは覚えてるね?」

 ……覚えている。憎むべき彼女をこの手で討ち取ろうとした。

「随分かっこいい言い方をしてくれてるけど、まあいいか。ところが君は反撃にあった。彼女もこの手のことには慣れていたんだろうね。君は今、まさに死のうとしている」

 俺に座っている何者かのせいでよく見えないが、確かにナイフを振りかぶっている様子が伺える。

「そこで現れたのが僕! 僕が君に選ばせてあげよう。今ここで死んで彼女を殺人犯にし、自分は生まれ変わって人生をやり直すか、君が生き続けて警察に捕まり、人生を棒に振るか」

 そう言って“何か”はニタァっと笑う。

「さぁ、どっちが良い?」

 その声音は心底楽しそうだ。

「1つ質問がある」

「何でもどうぞ」

「彼女に殺されたら、俺は彼女の中で“永遠”になれるか」

 彼女にとって俺の存在が小さいことくらいは分かっていた。愛を注いでいるフリをして実際は俺の心が揺らぐ様を楽しんでいることくらい知っていた。そうやって何人もの男で遊んでいることを理解していた。

 それなのにどうしようもなく愛しくて、憎らしくて、どこにも行ってほしくなくて、俺だけの永遠にしたくて、今回の計画を企てた。

「いや、無理だろうね。超ヤバい男がいたって記憶にはなるだろうけど、彼女は反省したりしない。彼女が生きるなら君は死ぬから君に怯える必要もない。なんならちょっとした自慢話になりそうだね」

「なら、答えは決まってる」

 俺は“何か”の色素の薄い瞳を見つめながら言った。

「俺を生かしてくれ」

「あぁ、それが君の選択なんだね」

 “何か”は面白がるように、揶揄うように言葉を口にした。

「君を生かせば、その命は君のものだもんね」

 どうやら俺がやろうとしていることを悟られたらしい。最後に正体の1つくらい聞けば良かった。


 気がついた時には彼女が死んでいた。

 俺の手にはナイフが握られている。そのナイフは彼女の胸元を突き刺していて、力を込めて引っ張ると胸元から血液が溢れ出した。

 彼女の血液がたっぷりついた愛おしいそれを俺は俺の胸元に突き刺した。

 彼女の隣に倒れ込んで、霞む視界に彼女の虚な目を捉える。

 なぁ、お前は知らなかっただろうけど、俺は本気でお前が憎くて愛おしいんだ。他の男なんか全部忘れさせてやるよ。地獄の底での日々はさぞ楽しいだろうさ。

 分かるよな?

 こうなったらもうお前を愛しきれるのは俺だけなんだよ。

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