星座魔術補助機構『ホコラシステム』
@hida_ryotaro
全球包囲式情報通信系『グローブコネクター』
パチパチとキーボードを弾く音が、静まり返ったコンサートホールのような研究室に響く。
前にある大型モニターを、傾斜をつけて半円状に囲むように二百席近く並べられたデスクの、中段左あたりから話声が聞こえた。
「先輩、そろそろ休憩したらどうですか。まだ作業してるの、私たちしかいませんよ」
呆れたように話しかける男の名前は、島村哲。左胸につけた日の丸のピンバッジが、彼が『グローブコネクター』に日本代表として参加していることを示していた。
「疲れたなら、先に休めばいいだろう。私は、まだやるがね」
島村の気だるげな声に返事をしたのは、ぼさぼさの髪をした中年女性だった。彼女の名前は神代瑞樹。同じく『グローブコネクター』日本代表だ。
「何でそんなに情熱を燃やせるんだか。見てくださいよ。もうほかの国の人たちは全員帰っちゃいましたよ」
ぐるりと首を回す島村。言葉通り、だだっ広い研究室には十数人の日本人以外誰もいない。
「他の国なんて知らん。それに、私は、あんな場所に帰るよりかは、研究していた方がましだ」
パソコンのモニタに目を向けたまま神代が返した。
帰る――といっても家にではない。『グローブコネクター』の研究所は秘密保持の観点から海上に建設されているからだ。もちろん通信機器も全て遮断されている。過剰と思えるほどの措置も、このプロジェクトの規模を知れば納得だろう。
『グローブコネクター』は米、露、加、日に加えて欧州11ヶ国が参加する、大規模衛星システムを構築するプロジェクトだ。内容は、地球を周回する人工衛星の配置を一元化して通信速度を速めよう、というもの。参加職員は、既存の衛星を操って最適な配置を割り出す。
裏に様々な取引があったことは知っているが、一介の研究員に過ぎない神代は気に留めていなかった。
「それに、誰もいない今なら、色々し放題だろう?」
ニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべた神代は、自分のパソコンのモニターを指し示していった。
「ほら、今なら配置変更の承認が要るのは、アクティブな日本の職員からだけ」
「よくもそんな裏技みたいなものを……」
島村が愚痴りながらマウスをクリックすると、承認のカウントが一つ増えた。一分も経たないうちに他の人の分も集まり、神代の配置変更要請が承認された。
「遅くまで付き合ってくれたキミに、特別に、面白いものを見せてあげよう」
神代がキーを数個打つと、画面上に表示された点がぬるぬると動きだした。
「……これがなんだって言うんですか」
「ほら見ろ、通信速度の数値が減っているじゃないか!」
「いやそれは分かるんですけど……」
興奮したように目を見開いた神代を見て、島村は「だからなんなんですか」を呑み込んだ。
「これは、事前のコンピュータシミュレーションじゃ、出なかった結果だ。しかし、使われたシミュレータは最新式のもの。それが意味することが、分かるか?」
「……バグ……ってことですか?」
「ああそうだ、バグだ」
ニヤリと笑った神代。その蠱惑的な笑みに、島村は一瞬息を飲んだ。
「そのバグがあるのは、シミュレーターか、それとも、現実か」
星座魔術補助機構『ホコラシステム』 @hida_ryotaro
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