第6話 あれから
あれから、美沙はバーに姿を見せなくなった。何週間が過ぎたある日、セドナは新聞の記事で彼女の名前を見つけた。小説が賞を受賞したというニュースだった。記事には彼女の顔写真と、作品の内容についての簡単な説明があり、その題材は「占い師とバーの物語」だった。
セドナは思わず笑みを浮かべた。きっとあの夜の会話や占いが、彼女の新しい一歩を後押ししたのだろう。
そう思っていると数週間ぶりに、美沙がバーに現れた。その夜、彼女は以前とは違っていた。落ち着いた表情をしており、まるで重荷を下ろしたかのような雰囲気を漂わせていた。
セドナは彼女がカウンターに座るのを見て、少し驚いた表情を見せた。「久しぶりだね、美沙さん。元気だった?」
美沙は微笑み、セドナに軽く会釈をした。「お久しぶりです、セドナさん。今日は、どうしてもお礼を伝えたくて来ました。」
セドナは首をかしげた。「お礼?何のこと?」
美沙は小さなカバンから一冊の本を取り出し、カウンターにそっと置いた。「私、ようやく小説で賞に入りました。この本なんです。」
セドナは本を手に取り、表紙をじっと見つめた。そこには『占い師とバーの物語』というタイトルが刻まれていた。「すごいじゃないか、美沙さん。本当におめでとう。」彼は本を返し、彼女に笑みを返した。
美沙は少し恥ずかしそうに目を伏せた。「ありがとうございます。でも、実はこの物語、セドナさんがいなかったら書けなかったんです。今だから言いえますがずっと何かいていいのかわからなくて、何度も通いながら占いをしてもらっている人の話を聞いて、どんな題材がいいのか探していたのです。でも落選して落ち込んだあの夜、私に声をかけてくれて、占いをしてくれたこと…それが私の中で何かを変えたんです。」
彼女はカウンターに置かれたグラスを軽く指でなぞりながら続けた。「その時の会話や、セドナさんの言葉がずっと心に残っていて、それを物語にしてみたんです。だから、どうしても直接お礼を言いたくて。」
セドナは、少し照れくさそうに肩をすくめた。「そうだったのか。でも、僕はただ話を聞いていただけだよ。美沙さん自身がその力を持っていたんだ。だから、賞を取ったのも君自身の力さ。」
美沙は少しだけ涙を浮かべながら頷いた。「それでも、セドナさんのおかげで前に進めたんです。本当にありがとう。」
セドナは優しく笑い、「これからも、どんな物語でも書き続けてほしい。君が作る世界が、たくさんの人を励ましてくれるはずだから。」と言った。
美沙は感謝の言葉をもう一度述べると、バーを後にした。それから彼女が姿を見せることはなくなったが、本屋に行くたびに、セドナは彼女の本が増えていくのを見て、彼女が夢を実現していることを誇らしく感じた。
「美沙さん、あなたはちゃんと夢を掴んだんだね。」
そう呟きながら、セドナは静かに美沙の本を棚に戻した。
占いバー「Mystic Nights」の騒がしく静かな日々 空っ風 @kirosu
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