2nd BLACK「-針-」

 初めてその人に出会ったのは、幼い頃でした。


 祖父母のいる父方の田舎に帰ると、従兄弟の家族も来ていて、私はその従兄弟と遊ぶことにしました。

 従兄弟は私の2歳も年上で、そのぐらいの年頃では2歳という差は思っているよりも大きくて、お兄さんに見えたのでした。

 私は従兄弟の金魚の糞のようになって、子分みたいな物でした。

 ふたりで、その人に出会ったのです。


「針はいらないかい」


 頬こけた男の人で、身長は記憶の中じゃ2メートルに近く、大きな木の様な人で、穏和なイメージの笑顔を浮かべていました。

 真っ黒い瞳は、まるで宇宙のようだとも見えました。

 その人は「針」を売っていたのです。


 裁縫に使うような、玉付きの待ち針です。


「おふたりさんは若いから3本で10円と行こう。この針をね、家の壁にで貼り付けるんだ。そうすると、『ラッキー』が舞い込んで来る」

「ほんとかなあ」


 従兄弟が挑発的に言いました。


「おまじないみたいな物だよ。そうだ、1本追加であげるから、これをお試しで使ってみるといい。効果は次の日以降だ。『以降』ってわかるかい?」


 私は本を読んでいたのでわかりました。従兄弟もバトル漫画で意味を知ったらしく、わかっていました。

 頷いた私たちは、4本の待ち針を受け取っていました。

 小さなプラスチックの筒型の容器に入っていて、寝る前にそれぞれの客室に貼りました。

 次の日、従兄弟と「なにもなかったね」とぶつくさ言いながらあの針を売ってくれた人を探しました。


 前日に見つけた小橋の傍まで行っても、近いところにある公民館に行っても、八百屋の傍も、村外れの牧場にも、いませんでした。


「詐欺師だ、詐欺師」

「さぎしって?」

「嘘ついて金儲けする人」

「もしかして『悪』じゃね?」

「そうだよ、大悪党!」


 そうやって祖母が作ってくれたかき氷を食べながら話していると、私は家に車が近づいて来るのが見えました。

 それは親戚の銀行で働いているおじさんの車です。


「急遽暇が出来て、盆休みだから寄ったんだ。婆ちゃんも爺ちゃんも元気そうでよかったよ」


 おじさんはにこやかに笑うと、私たちを手招きしました。

 駆け寄ると、「お小遣い」と言って、500円くれました。

 目を光らせる母さんを誤魔化す為に、「ちゃんと考えて使うんだぞ」と大袈裟な声で言って、100円くれました。

 その100円は母さんの厳正な審査の対象になってしまったけど、私と従兄弟は顔を見合わせて「ラッキーなこと!」と言い合いました。


 何のことかわからない親や祖父母はそれを見て笑っていました。


 この日の晩も針を使いました。

 どうやら一度使った針は玉が落ちて、効果がなくなるらしくて、畳に玉が落ちていました。


 翌日もいいことがありました。八百屋のおばちゃんにお菓子を奢って貰ったのです。それに、おおきなカブトムシを見つけました


 貰った4本の針を使い切る頃には、楽しい夏になっていました。

 夏休みが終わる頃、父が運転する車で仙台に帰る道の途中、あの男の人を見つけました。


 あの人はヤクザのような男の人と何かを追い掛けて走っていました。青い顔をしていたので、「がんばれ!」と思いました。



 ◆



 それから、高校生になると受験が始まりました。

 私は東北で1番おおきな大学を目指していました。

 従兄弟は、受験はしないで地元の小さな会社に入ったらしいと聞きました。


 受験といえど一筋縄ではいきません。

 鬼のようにハゲ散らかした塾講師や鬼のように太り散らかした塾講師の鬼のような扱きに耐えたところで成績なんていうのはそう易々とは上がってくれません。


 そんな折、私はまたあの人に再会しました。

 あの人は仙台で雑貨店を営んでいるらしく、「気仙沼で出会った子供だ」と話しかけてみると、再会を喜んでくれました。


 私は悩みを打ち明けました。


「成績が上がらないと。そうか、君はもう高校生か。大きくなったなァ……では、君に『針』を売ろう。改良版でね、願い事が叶う針だ。10円貰うね」


 私は3本の針を10円で買いました。

 あの人は「頑張れ」と言ってくれました。


 さて、なにを願おう。どういう願いを叶えよう。私は手でセロハンテープを揺らしながら、考え事をしました。


 私はその日、「強靭な集中力」を願いました。すると、勉強に身が乗って、頭に知識がよく染み込みました。


 次の日、私は残りの2本の使い道に困りました。

 そしてわからないまま、それを引き出しの奥にしまいました。



 ◆



 結婚し子供も出来ていました。

 息子は嫁に優しくとても優しい子に育ってくれました。

 幸せな日々が続いていました。

 ずっとそんな日々が続いてくれる事を願っていました。

 ある日、失業しました。

 それと、立て続けに息子の病という不幸が訪れました。

 それでもなんとか仕事を見つけて、医療費を稼ぎます。

 しかしどうにもおかしな事ばかりがおこります。

 私は針を使いました。息子の病が治りますように、と。

 しかし病は治りませんでした。一時的ではあるものの、やはり悪化します。畳み掛けるように、嫁の不倫が発覚しました。

 相手は私の従兄弟で、私と息子を疎ましく思っているということが発覚しました。


 従兄弟はどうも針を使っているようでした。

 あの雑貨店を尋ねると、従兄弟がおり、従兄弟は店に火を放っていました。


「針をさァ、もう売らないと言うからさァ。殺すしかなくなっちまってさ……ああ、もう、可哀相だけど、そういうもんだよな、人生ってさ。でもまぁ、頑張ろうよ。俺達って人間だら?」


 おかしな呼吸をしました。

 気がつけば、殴っていて、私はそのまま火の中に飛びました。彼にはたいへんな恩があります。助けねばと思ったのです。

 火の中に飛び込むと、店主が倒れていました。

 頭から血を流してて、一心不乱になって抱えあげると、ぼとぼとと何かがこぼれ落ちました。それは脳みそです。


 店主は従兄弟により殺されていました。


 極めつけの放火だったのです。私は従兄弟を恨みました。恨んで恨んで、床に散らばっていた血を拳いっぱいに握り締めました。


 死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。

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