第60話

「りゅ、龍神湖カヤックレース、優勝は帝都体育大学の胆沢いさわさんです!」


 もうメッチャクチャになったカヤックレース、最後の最後でもつれにもつれたぼくと園山さんと、あと釜石のカヤックは結局、全部横転。ぼくは園山さんに助けられたが、釜石もライフジャケットでプカプカ水面を漂っているというラストを飾ってフィニッシュ。水面を漂っていた釜石が「私はカモメ」といったとか言わないとか。


 トップ争いをしていたぼくたちは結局揃って最後は水泳という2種競技へと戦場を変えていたのだった……。


 そして商工会のゴムボートに助けられたぼくたちは、なんともまんじりとしない顔をしながら湖岸へと戻って参ったしだいであります。

 釜石はすっかり意気消沈した様子。園山さんの顔を見ると、露骨に怯えた顔をして、


「こええよ!この女!一切の躊躇がねえ!もう関わり合いになりたくねえ!」


 と、きっぱりと宣言して、ぼくたちの前から姿を消し、……消してないわ。

 なんか、同じ大学の人たちにめっちゃいじられてる。あれだけ啖呵切って、最後泳いで帰ってきたんだからまあそうなるよね。ってぼくは思いました。


「楽しかった?」


 何食わぬ顔で園山さんが聞いてくる。園山さんのラムチャージを止めたの、ぼくなんだけど?

 なんだったらめちゃくちゃ衝撃で横っ腹が痛いんだけど?

 でも、楽しいか楽しくないかで言えば、そうだな。


「楽しかったよ。」


 そう答えるしかないのも事実ではあった。ぼくの答えをきくと、園山さんはいつもの無表情へ戻る。

 でも、それはなんか満足そうな雰囲気がしてるんだなあ。

 なに満足してんだよ。こちとら、人的被害を防いだんだぞ。と思わなくもないんですよ。ええ。


 吉田さんと美智夏さんがぼくたちのところに駆けつけてくれた。

 お礼と無事を報告したりしていたら、カヤックレースは終了し、ふるまいの食事なんかが出ていたようです。

 四人で顔を見合わせ、その豚汁を暖かくいただいたという次第であったわけ。


 --------


 さすがに疲れて、職員用のベッドに倒れ込んでいたところに、ぼくのスマホがメールの着信を告げた。

 ポリン。


[今日の夜、二人きりで話せませんか。]


 差出人を見ると、吉田さんだ。

 ……断る理由は見当たらなかった。


[いいよ。夜に管理棟の入口で待ち合わせしよう]


 来たるべきときが、来てしまったのだとぼくは思う。



 管理棟の入り口で、空を見て待っていてくれた吉田さん。

 どういう話になるのか、ぼくはほぼ予想ができていた。

 これで、わからないというほど、ぼくは鈍感じゃない。


 歩きながら、昼間のことを話す。

 初めてカヤックに乗ったこと、ゴチャゴチャになってスタートしたこと。

 園山さんがモーターボートみたいな速度で水面を進んでいる様子。


 星が綺麗に見える田舎であるこの町の話、リゾート地だけど、長く住んでいる人がいること。


 そんな話をしながら、たどり着いたのは、昼間は喧騒に包まれていた。

 でも、今は静寂が支配する龍神湖。

 水面には、たくさんの星が空から落ちてきている。


「お話があります。」


 吉田さんが口火を切る。

 目は、ぼくのことをまっすぐに見ている。

 ぼくも、目をそらさない。


「私は……私、吉田美優は、あなたが好きです。あなたに助けてもらったあの日、本当に怖かったあの場所から、救い出してくれた、あのときから、私はあなたのことが好きです。この数ヶ月、私はあなたといる時間が本当に大切だった。私はあなたと過ごしたかった。デートしたかった。」


「うん。」


「それで、デートしてくれて、いろいろなお話をしたね。あなたの好きなものの話、街の話、私の話。」


「うん。」


「それで、私の好きは止まらなくなった。だから言います、私とお付き合いしてください。私と恋人どおしになってください。」


「……ごめん。」


「……そっか。」


「ぼくは、好きな人がいるんだ。ぼく自身のこの気持ちを裏切って、吉田さんと付き合うことはできない。」


「そうだよね、うん。実は、分かってたんだ。あなたが好きな人のことを裏切ったりしないって。そして、その人もあなたのことを裏切ったり、見放したりしないって。」


「え、それって。」


「分かってる。でも、私は言わずにはいられなかったの。だって、戦わないで負けるわけにはいかなかったから。もう負けるとわかっていても、何もしないでいれば後悔するって分かってたから。」


「……ありがとう、ぼくを好きになってくれて。そして、ごめんなさい。応えてあげられなくて。」


「本当だよ。私、いっぱいがんばったのに。美人で、頭が良くて、運動ができて、そんな人と争うことになるなんてさ。」


「あー、そういうのは、ね。」


「でも、あなたは、美人じゃなくても、頭がよくなくても、運動ができなくても、きっと彼女を好きになったでしょ。」


「そうだね、今だったらそう思う。」


「タイミングが悪かったなあ。」


 そう言うと、吉田さんは、ゆっくりと湖畔を歩き始めた、ぼくもゆっくりついていく。

 水面の星たちが輝いて、ぼくたちは幻想的なその風景を眺めながら歩いていた。


「第一、吉田さんはぼくなんかより、よっぽどいい男性とお付き合いすることができそうだけどね。」


「あなた、自分のことがいい男性という自覚がないの?それはあなたの悪いところだよ。」


「眼科にかかったほうが良いよ。」


 そう言って、二人で笑った。

 誰かを傷つけるのは、つらいことだけど。

 でも、自分の気持ちにウソをついていることの方が、ずっと残酷だと。

 だから、ぼくは本当のことを言うことができて、まだ良かったと思う。








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