第59話

「Get Ready...Go!!」


 ついに始まった龍神湖カヤックレース、実況はこのぼくがお送りいたします。さあ、年に一度のこの水上レース、龍神湖の名前の通り、この湖に棲んでいたと言われる龍神様へ奉納するという意味を持ったお祭りなのであります。

 コースは湖の南側のスタートを出発しまして、湖の北側にある小島を回ってスタート地点へ戻ってくるというシンプルかつ、ライン取りが重要となるスピードレースとなっております。


 さあ、飛び出しました先頭集団は、地元商工会のみなさん。平均年齢55歳、すでに商売人としては大ベテランとなる経験を積んだみなさんですが、なにしろ年に一度の運動でありますから、張り切ってしまって、このスタート直後は大いに走っていってしまうとか。

 ああ、お米屋さんが大きくリードしたかと思ったら、ジワジワとその位置を下げてきました。あっという間の栄光と挫折です。


 などと様子を眺めながら、カヤックの上でパドルを動かす。

 位置的には中間地点を維持しながら進めている。

 その横には園山さん。やる気まんまんに見えたけど、この位置で様子を見ているのかな?


「今は様子見?前に出ておかなくていいの?」

「今、目立つと、余計な体力を使いそうでしょ?今はここがいいの。」

「そうかも知れないね。まあ、初めてのレースだからわかんないけど。」


 レースとはいいつつも、のんびりとした展開にやや拍子抜け。

 と言っても、湖もそれなりの大きさだから、今から飛ばすとたしかに間違いなく終盤はへばってしまうだろうな。


 お、先頭を走っていた商工会の人たちが段々と速度を落としてきた。中間位置のグループと混ざってごちゃごちゃになった。


「おう、坊主ぼんず。ゆっくりしてていいのか?」

「哲太郎さんも先頭集団はもうやめたんですか。」

「別に優勝したいわけでもねえしよ。それに若いやつがいるから花を持たせようと思ってな。」

「まあ、そういうことにしておきますよ。」

「なにを生意気な。まあ、しかし、今日は大目に見てやろう。」


 呵呵かかと笑って、哲太郎さんはズルズルと後続集団へと落ちていった。ありゃ、周りの人たちと雑談する気だな。

 レースだと張り切っているのは、ぼくたちとか、若い人たちだ。


「まあ、じゃあ、がんばりますか。」

「ええ、そうしましょ。」


 ぼくは、パドルを動かす力を更に込める。

 園山さんも、小さく頷くと、同じくらいの速力で進み始めた。



 □□□□□□□□□□


 島を折返し、レースも後半戦。

 島の上にはお社も載ってたりして、雰囲気があるなあなどと思って漕いでいる。

 周囲に人は……少なくなっており、まあ、ぼくたちやら、大学生なんかの若手が争っている感じだ。


 ふと、見ると、釜石がぼくのカヤックに近づいてくるようだ。前を走っていたのに。


「よう、もやしっ子。あの園山ちゃんは、お前の彼女なのか?」

「いえ、別にそういうわけじゃありませんけど。」

「じゃあ、俺がもらってもいいよなぁ?」

「もらうも何も、園山さんはあなたのことなんか相手にしたりしないと思いますけど。」

「ふん、そんなこと言ってられるのも今のウチだぜ。このレースで優勝する俺を見たらなあ。」

「はあ、そう思うなら別にそれでもいいですけど。」

「ふん、張り合いがいの無いやつめ。」


 そう言うと、釜石は速力を上げ、どんどん前へ進み始めた。

 見ると、コースとしては1/4くらいが残りとなっていた。スパートをかけるなら、今か!

 遅れを取ったがぼくもパドルを深く入れ、速度をあげようとする。


「ふん!俺の活躍を、見ておけよ!園山ちゃん!」

「……。」


 園山さんのカヤックの横をすり抜けて、釜石のカヤックが前に出た。単独首位に躍り出ようとしているようだ。

 園山さんがそれを見ると、パドルをすばやく動かし、釜石のカヤックに対抗しはじめた。


「おお、早い……。」


 園山さんの身体性能って、ホントどうなってんの……。なにやってもめちゃくちゃすごい。

 モーターボートに乗ってんのか?という速度の上がり方をして、釜石と園山さんが前でデッドヒートをしている。


「く、くそ、負けるかよ!」


 釜石がもはや誰に何を見せつけたいのか分からない頑張りを始めた。

 わずかに釜石の方がリードしている。そこからの差が園山さんもつけられないでいる。


「こ、このまま、勝つぜ!」


 釜石が言う。釜石は園山さんの進路を邪魔している。レースの勝ち方としては、まあ常套か……。

 しかし、ぼくはなにか嫌な予感がしていた。

 こういうとき、ラブコメなら……敵がなにかしてくるはずだ……。


 そして、ぼくの予感はほぼ的中した。そこに仕掛けるものがいる。






 園山さんだ。






 園山さんは、先程のモーターボートもかくやという加速を超えるさらなる加速をして、釜石のカヤックへ体当たりしようとしている。

 ま、マジか!

 あの目、本当に周りが見えなくなって、勝つことだけを渇望して戦うときの目になっている。



 ぼくは、必死に漕いで、二人の間に入ろうとしている。

 そろそろ、覚悟をする時かな、艦長!


 園山さんのカヤックが、釜石のカヤックを吹き飛ばそうと肉薄しているところへ、ぼくのカヤックは特攻した。

 ガン!と音がして、園山さんのカヤックがぼくのカヤックに激突する。

 普通さあ、普通のラブコメなら、こういうことすんのって、悪役だろ?

 だけど、春からはじまっているぼくの人生では、大抵やらかしてくるのはヒロインの園山さんだ。

「特に、助けて欲しかったわけじゃありません。」

 そう、彼女は言っていたな。

 だからぼくが助けてるのは、大体彼女がむちゃくちゃやってる相手。


 ボンーーーーー。

 ぼくのカヤックはひっくり返り、ぼくは湖へ投げ出された。


 ドボン。

 何かが飛び込む音が聞こえる。



 □□□□□□□



 白熱したレースもゴールそばまで優勝が誰になるのかわからない状況が続いていた。


「風香ちゃん、やるう。すごい早いじゃん。」

「風香さん、運動神経がすごいんですよ。体育祭でも、運動部超えでしたし。」


 園山さんのカヤックが、あの釜石っていう大学生のカヤックと競っている。

 彼のカヤックも後から大急ぎでついてきているのが見えた。


 ゴールもあとわずか、というところで、園山さんが急加速し、釜石のカヤックへぶつかろうとしていた。

 前が見えていないの?


「あぶない!!」


 私は大声を出していた。

 そこに割り込んできたのは、彼のカヤックだ。釜石と、園山さんの間に急いで入るように見えた。

 そして……園山さんのカヤックと彼のカヤックがぶつかり、彼が湖へ投げ出される。


「!!!」


 私は衝撃に声にもならない声が出る。

 そして、園山さんが彼が投げ出されるのを見ると、即座に湖に飛び込んだ。






 ああ……。





 これは、もう……。






 私では追いつけない、彼と風香さんの距離。



 わからないと、自分の気持ちがわからないと言った風香さん。

 だけど、彼女の気持ちは、間違いなくその距離だった。





ぴったりと。





 彼にくっついている。

 彼と離れられないでいる。



 しばらくして、彼を腕にかき抱いて水面に顔を出した風香さんは、狼狽えるように彼の顔を見ている。

 抱きしめている。

 顔と顔が、くっつくようなその距離で。










「龍神さまじゃ!!」






「「誰!?!?」」




 私と、美智夏さんの真横に来た人が急に大声を出した。


 え??誰????おじいさん????




「龍神湖の伝説の再来じゃ!! 湖に落ちた男女が結ばれるのじゃ!!」





「え、誰ですか、本気で。」

「誰だろ……。」


 美智夏さんも知らないの。


「ちょっとおじいさん!勝手に歩かないで!」

「え、あなたのおじいさんですか。」


 地元の子らしい若い子がおじいさんに話しかけていた。


「ええ、そうなの。このお祭りが好きで。」

「え、お祭りが好き……?こういうときに思わせぶりなセリフを言うのは、神主とか、巫女とか重要な役割の人じゃないんですか?」

「いいえ。ただのおじいさんよ。もともと、農家だったの。」


 急に現れた農家のおじいさんが思わせぶりなセリフを……。


「めちゃくちゃですね。この町……。」

「まー、そういういい加減なところがいいところなんだけどね。」


 美智夏さんが、なにか諦めたような顔で、風香さんと彼を見ている。


「それより、早く行かないと。」

「そ、そうね!」


 おじいさんのせいで、むちゃくちゃになった情緒のまま、私は二人のところへ急いだ。


「まあ、ライフジャケット着てるから、大丈夫だと思うけどね……。」


 美智夏さんがつぶやくのが聞こえた。


「何から何まで、人騒がせな……。」







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