第Ⅻ話 決着の時
《伯爵は、身体を再生できないのか》
なぜか、伯爵の右腕が、再生しないようだ。
《伯爵の擬態した心臓が、なにかのはずみで損傷したのだろう》
擬態した心臓を捜せ……私の視界が、ボヤッと、かすんできているので、宝石に指示する。
私の斬られた左手首から、ドロリと黒いカゲが伸びて、伯爵の斬り落とされた右腕を食べる。
「フェンリル様、止める方法が分かりません、カウントが!」
ライザが、台座の上の画面に取りついたが、宙に浮かぶカウントが止まらないようだ。
伯爵じゃないと、解除コードが分からないのか……私は、なんだか、眠くなってきた。あぁ……目の前が暗い……
「黒のクイーンが出来上がったようだな」
男の声……誰かが部屋に入ってきた。
「バフ!」
ライザが驚き、憎しみの声を上げた。
「黒のクイーンは、異世界人の僕が、頂いていく」
「もともと、僕が持ってきた遺物だからな」
バフが、ライザを殴り飛ばした。
異世界人?
「黒のクイーンは、私の獲物だ」
フェンリルが、ユラリと、立ち上がった。
「なぜ立ち上がれる?」
バフは驚いている。フェンリルは、伯爵に倒されたはずだという顔だ。
「お前の異世界では『残忍な命の刈り手』はいなかったか?」
フェンリルが、ニヤリと笑った。金色だった目が、闇よりも黒くなっている。
「まさか、リーパー……」
強張るバフには、思い当たることがあるようだ。
「人間の密売に飽き足らず、騎士兵と奥様を撃ち、伯爵の人造DNAを水道水に混ぜ、テロを組織し、私兵を集め、さらには、伯爵に『黒のクイーン』を作らせ、街を消した。すべてお前の仕業だな」
フェンリルが、これまでの事件を、バフに問いただす。
「そうだ、それがどうした?」
バフが矢筒から、黒いクロスボウを取り出した。あの異世界の武器だ。
――ダダダダダダダダダダ!
ものすごい音、黒いクロスボウが火を噴いた。
バフが使う異世界の武器、自動小銃の狙いは、正確だ。
火の弾によって、フェンリルの身体に、三十発もの、大きな穴が開いた。
しかし、フェンリルは、すぐに元の姿に戻る。
「無駄だ、私は知的精神生命体だ。肉体など無い」
フェンリルの姿をした何かが、不敵に笑った。
――カチッ
「弾切れか」
バフが焦りだした。
火の弾は、フェンリルの体を突き抜けただけだ。
フェンリルの姿をした何かの後ろの壁には、大きな穴が数多く開き、ガラガラと崩れ落ちた。
「その武器で倒せなかった人間や魔族は、これまでいなかったのか」
ぼう然とするバフを、フェンリルの姿をした何かが笑った。
「俺は、自分の世界に帰りたかっただけなんだ、見逃してくれ」
バフが命乞いをする。
「ウソつきが……お前は、異世界の知識と道具を使って、自分が王になりたかっただけだ」
フェンリルの口が耳まで裂け、牙が剝き出しになった。
突然、ベルゼ伯爵が立ち上がった。
――バキッ!
残った左手でバフを殴った。
「今のは私をだました分だ」
伯爵の力は、人間のレベルまで落ちているのか、一撃で頭を粉砕する力ではない。
――バキッ!
また、バフを殴った。
「これは妻の分だ!」
今の伯爵にできる、全力の左フックだ。
バフは、よろけて、姿絵にぶつかり、床に転がる。
その上に、重い姿絵がギロチンの様に落ち、バフの右腕が千切れた。
さらに、ライザが、姿絵から短剣を抜き……
痛みに苦しむバフの胸を刺した。
フェンリルの姿をした何かが、真っ黒なオオカミの姿に変わる。
バフの千切れた右腕を食べた。
目を覚ました私が、立ち上がる。
真っ黒なオオカミは、水槽の中の「黒のクイーン」も食べた。
「戻れ……」
私の声で、オオカミは姿をドロリと変えて、私の左手首に戻る。
斬られた左手も、元に戻った。
左手首の包帯は、千切れてなくなっている。
透明だった宝石が、コハク色になっているのが見えた。
床に倒れて、もがくバフの周囲で、六ボウ星が輝く。
「痛みが強く長いほど、貴方の罪は浄化され、天界へと導かれます」
全身の骨が折れる痛みで、バフが苦しみもだえる。
最後の祈り「お幸せに」を……いや、唱えるのは、止めだ。
「お前は、永久に苦しみ、自分の行いを後悔しろ!」
肉の塊が痛みでケイレンしている……もはや人間の形ではない。
「異世界人 バフォメット……地獄へ堕ちろ!」
こいつには、禁呪とされている「終えんの祈り」を捧げた。
輝く魔法陣から、闇よりも黒い手が何本も生え……
肉の塊を、地の底へと引きずりこんでいった。
魔法陣が消えた床に、ライザが突き立てた短剣が刺さっている。
……切っ先には、割れた結婚指輪があった。
「決着をつけようか……私は、知らなかったとはいえ、街の人びとを滅ぼした」
伯爵は、立っているのがやっとのように見える。
「どうした、怖いのか」
かまえない私を、挑発してくる。
「今の貴方に勝つのは簡単だ、しかし、その先にあるものはなんだ」
執行聖女は、必要のない執行は行わない。
「俺が、下衆な男なんぞに、だまされるとはな」
伯爵の息が弱くなった。
「そうね、これからは、女にだまされるために生きなさい」
私の言葉に、伯爵は笑ったように見えた。
「俺に……これからは……ない」
伯爵が崩れ落ちた。
《伯爵の擬態化した心臓は、妻の姿絵だ》
そうか、姿絵に短剣が刺さった時、伯爵は自分の最期を悟ったのか。
「フェンリル様……」
ライザの声だ。
ライザが、倒れた伯爵を引きずり、姿絵の上へ重ねた。
「伯爵は、天界に送って下さい」
泣きじゃくるライザ……令嬢の顔が、涙でグチャグチャだ。
何でそんな顔ができる? 自分を食べようとした魔族だぞ……
「わかりました。ベルゼブブ伯爵と奥様に……」
伯爵と姿絵を囲んで、六ボウ星が輝く。
「痛みが強く長いほど、貴方の罪は浄化され、天界へと導かれます」
全身の骨が折れる痛みの中、伯爵は、妻の姿に抱かれて笑っていた。
「お幸せに」
私が、最後の祈りをささげると……
二人は一緒に、抱き合う姿で、天に昇っていった。
室内なのに、雲の切れ間から光がもれ、光が地上へ降り注いでいるエンジェルラダーが見えた。
「お幸せに……」
ライザの声だ。
ライザも、ヒザを折り、胸の前で手を組んで、祈っていた。
◇
「そういえば、ゆっくりと空を見上げる余裕なんて無かったな」
早朝、臨時の停車場で、私がつぶやく。
昨夜はライザと語り合ったので、少し寝不足だ。
《立ち止まって考えるとは、フェンリルとしては珍しいな》
宝石はそう言うが、私だって人間だ、そんな時間も欲しい。
山の上には、日が昇り、今日は、雲一つなく、透き通るような青空になりそうだ。
クレーターを囲む石壁の外、王国側へ、騎士団によって臨時の停車場が造られ、駅馬車が数台待機している。
駅馬車の近くに、カイゼルとライザが立っている。二人は、出発の準備が終わったようだ。私は二人の所へ歩みを進める。
「カイゼル侯爵、私は、この街の再建に尽力したいと思います」
ライザは、王都行きを渋っている。
カイゼルは、国王の懐刀であり、侯爵という王国の上級貴族であった。
「貴女には、王都の聖堂で修行するよう異動命令が出ています、イライザ嬢」
「その名前は、捨てました」
ライザは、元侯爵令嬢でイライザ・ピエールというのが元の名前だった。
「フェンリル嬢、ありがとう、礼を言わせてくれ」
カイゼルが、なぜか私にお礼を言ってきた。
「イライザは、俺の親友の、忘れ形見なんだ」
なるほど、裏でライザを守っていたのか……もっと上手いやり方があっただろう。
「私なら、彼女の焼き印を治癒出来ますが……」
治癒魔法を専門とする私なら、魔力さえ貯まれば、元の腕へと治すことが出来る。
ライザの右腕には、罪人を示す焼き印があった。しかし、私兵たちとは異なり、正妃様を示すAの印である。
ライザは、残ったわずかな市民と、別れの挨拶を交わしている。
「イライザは、立ち直った」
カイゼルは、彼女を見て、うれしそうに目を細めた。
「そうですね、生まれ変わった彼女から、焼き印を消すのは、正妃様の役目ですね」
私も、彼女を見て、うれしそうに目を細めた。
《この街に来て、初めて、心から笑ったな》
宝石の言葉に、少し恥ずかしくなった。
◇
イライザの乗った馬車が、王都に向けて走り出した。
私は、一人で、それを見送る。
伯爵は、妻の復しゅうを果たした。彼女も、仲間の復しゅうを果たした。
青く透き通る空を見上げる。
《さて、これから、どこへ行くつもりだ?》
宝石が、たずねてきた。
「悪が、はびこる街……いつもどおりだ」
私は、ソロで、仲間や家族などいない。これまでも、これからも、人の罪を浄化して、天界へと送る……
私が得るものなど、何もない。
「さてと……ん?」
馬車に乗ろうとした時、白髪交じりのおじさんが見えた。隣には彼の息子も見える。
あ、二人が私に頭を下げた。
「……これだけで十分だ」
私は、左手を軽く挙げて二人に応え、一人で馬車へ乗り込む。
―― FIN ――
(お礼の言葉)
最後まで読んでいただきありがとうございました。
ライザの過去については、異世界恋愛として仕上げた「恋愛小説『聖女の七日間』婚約破棄、爵位失墜にめげず、愛する貴方のため、聖女の力に目覚め……え、聖女は誰なの?」の中に描いています。
そちらは、別の令嬢が主人公の甘い恋愛小説なので、執行聖女は出てきませんが、よろしければ、合わせて読んでいただければ幸いです。
ではまた、次回作で。(*^-^*)ノシ
2024年11月 甘い秋空
シスター・フェンリルは執行聖女 甘い秋空 @Amai-Akisora
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