第Ⅺ話 黒のクイーン


「フェンリル!」

 騎士団が、人質たちを確認している中、人質の中にいた私に、カイゼルが走り寄ってきた。


「ライザが伯爵の屋敷に捕えられている、彼女を助けてやってくれ」

 カイゼルが私に指示、いや、お願いしてきた。私に、彼の命令に従う義理は無いが、ライザは、必ず助ける。


 すぐさま、走り出す。

 アーチ状の石壁から街へと入り、石畳の大きな通りを走って、屋敷へと向かう。


 鍛えた足で走る途中、さっきの騎士兵を追い抜く……彼は誰だ?

 騎士兵は、涙を流しながら走っていた。




 東のアーチ状の石壁から街を出て、屋敷へ向かう坂の手前で、むさ苦しい男に追いついた。

 私の気配に気がつき、振り向いた。


「なんだテメェ」

 むさ苦しい男が、立ち止まり、私を威嚇してくる。


「シスターごときが、邪魔だ。この胸の印が見えないのか」

 むさ苦しい男の胸には、赤い文字でⅦ……Ⅵから赤い血で書き直されている。


「いままで、潰してきた人間の数だ。お前も潰して、勲章をひとつ増やしてやる!」

 ライザを助けるのが優先だが、司教を手にかけたこいつを、野放しにはできない。




「あの司教のように、天国へ送ってやる!」

 むさ苦しい男が、長剣を抜いて、私に襲い掛かってきた。ここまで来た私を、ただのシスターだと思っているのか。


 むさ苦しい男の動きは、ノロい。走ってきて、息が上がっているのだろう。

 指でむさ苦しい男の関節を突き、動きを弱らせていく。


 さらに、関節を突き、じわじわと動きを弱らせていく。確実に跪かせ、ざんげさせるためだ。


「そいつは、俺の獲物だ!」

 突然の声、追い付いた騎士兵だ。長剣を抜いている。




「妻のかたき!」

 騎士兵が私兵に剣で斬りつける。私兵が、剣で受け止めた。


「まさか、この騎士兵は……」

 私は、斬り合う騎士兵を見た。


「妻は、司教という仕事に、誇りを持っていたんだ!」

 騎士兵が、私兵の腹に長剣を突き刺した。


「おみごと、このフェンリルが、たしかに見届けた」

 やはり、司教の夫、ロケットペンダントの中の男性だ。




 むさ苦しい男は、刺されながらも、長剣を振りかざし、騎士兵を斬ろうとしている。


 その右腕を、私は短剣で斬り落とした。むさ苦しい男は痛みに苦しみ、地に倒れ込む。


 騎士兵は力を出し切ったようで、倒れて空を見上げ、泣いている。


 倒れ込んだむさ苦しい男の周囲で六ボウ星が輝く。




「痛みが強く長いほど、貴方の罪は浄化され、天界へと導かれます」

 全身の骨が折れる痛み。

「グォォォォ」

 男が苦しみもだえる。


「お幸せに」

 男は、チリとなって天に昇っていった。


《コイツも雑魚だな》

 隠した宝石から伸びる黒いカゲが、むさ苦しい男の右手を食べ、私の魂に話しかける。

《食べたのではない、情報収集だ》

 どこが違うのか、私には分からない。


「ん?」

 なんだ、この感じは?

 後ろを振り返ると、夕日を背にした直径2キロ程の街が一望できた。静かだ……でも、何か嫌な感じがする。




《伏せろ》

「伏せなさい!」

 宝石の声に、何だか分からないが、騎士兵と共に地面へ伏せた。


――カッ!

 突然、街の中心部がまばゆく光った。


 街の中心部から火炎球が急速に大きく広がる。街を覆う巨大な火炎球となり、表面にオレンジ色と黒の渦巻き模様が動いている。


 すぐに、街を包む大きな火炎球は、光を失い、黒く小さくなって、音も、光すらも吸い込んで、消えた。




 国境の街コゥベリックは、周囲の石壁だけは崩れながらも形を残すが、内側の街が……全て無くなっている。

「街が消えた……」

 ガレキさえ残っていない、直径2キロ程の巨大なクレーターだけになっている。


《放射線、赤外線は出なかったが、これは魔法による人工太陽の、まぁ失敗作だな》

 宝石の言っていることが、私には理解できない。


「これが伯爵の切り札『黒のクイーン』……」

 人間が想像できる以上の威力だ、危険だ、危険すぎる。


《あのエネルギーは美味そうだったな、機会があれば食べたいものだ》

 街を消したエネルギーだぞ。コイツの食欲が、私には、まったく理解できない。




 ◇


 たそがれ時、消えた街を挟んだ向こう側の山に、日が沈んでいく。

 伯爵の屋敷の広い庭から、ガラス窓が割れたあの部屋を覗くと、ライザと伯爵の横顔が見え、言い争っていた。


「やめなさい、伯爵!」

 ライザが、何かを止めようとしている。


「私は、この『黒のクイーン』で王都も消す! 人間なんか滅びてしまえ」

 伯爵が、王都を消す? 「黒のクイーン」は、まだあるのか!


――キン

 金属音!

 私の投げた短剣を、伯爵が左手一本で、はじいた。




 はじかれた短剣は、伯爵夫人の姿絵に当たり、胸の部分へ刺さる。


「しまった!」

 伯爵が、失敗してしまったと、苦痛に顔を歪めた。


「フェンリル様!」

 ライザが、部屋に飛び込んだ私に、叫んだ。希望を見出した顔だ。


「私の妻を、傷つけたな!」

 伯爵が、私に憎悪を向けてきた。

《クライマックスだ、ここで決着をつけろ》

 宝石から言われなくても、ここでケリをつける。




「伯爵の切り札は、人工太陽です!」

 ライザが叫ぶ。街が消えたのは、やはり人工太陽の失敗作だったか。

「二つ目が造られています、止めて下さい」

 部屋の中央部に、丸テーブルような台座、その上にバケツ大の瓶の水槽……警備署庁舎の地下室で見たやつだ。


 あの時の黒い球が「黒のクイーン」だったのか。

 この部屋の水槽では、底から黒い粒がポコポコと浮き上がり、中央部で小さな塊になっているところだ。


「最初は、人間と魔族が共存するための、優しい太陽を造る計画だった……」

「しかし、今となっては、人間を滅ぼすために使う!」

 伯爵は、人間全てに憎悪を向けている。


「フェンリル様、時間がありません」

 台座の上、宙に浮く画面で、何かのカウントダウンが始まっている。黒のクイーンが完成するまでの時間なのだろう。




《落ち着け、完成しても、作動させなければ、ただの塊だ》

 宝石が、冷静に話しかけてきた。


「ベルゼ伯爵、なぜ多くの人間の命を奪うのだ?」

 私は、伯爵と対じしながら、戦闘に有利な場所を探し、じりじりと回り込む。

 伯爵も、ライザを離し、戦闘に有利な場所を探し、じりじりと移動する。

 お互いに素手だが、戦闘は避けられないと悟っている。


「妻を襲撃した人間への……復しゅうだよ、フェンリル」

「人間たちも、私に復しゅうするのだろう?」

 伯爵が答えた。

 復しゅうが、新たな復しゅうを生み、事の始まりが見えなくなる。


「その復しゅうの連鎖を断ち切るため、執行聖女がいる」

 私の金色の目に、光が灯る。




――ガクン

 姿絵が、取り付けフックから外れた音、それを合図に戦闘が始まった。


「きゃ!」

 伯爵が加速、風圧でライザが吹き飛んだ。


 彼女の袖がめくれ上がり、右腕に焼き印が見えた。彼女は、罪を償うためこの街へ送られたシスターだ。


「元気百四十%、リミッター解除」

 私も、ステップを高速モードへとシフトアップした。

 勝負は一撃で決まるだろう……




 伯爵の全力の右ストレート! 私は左ストレートで迎撃する。


 加速状態での拳がぶつかり、空気が弾け、その振動が部屋をビリビリと震えさせ、重い姿絵が傾く。


「五分五分か」

 伯爵が、右拳を私と合わせたまま、ニヤリと笑う。


「いいや、私の勝ちだ」

 私の宣言に、伯爵が、なぜだと目を細める。




「ゼロ!」

 執行令嬢の秘技のひとつ、相手との距離がゼロからの打撃だ!


 超高速で、足を半回転、腰を半回転、肩を半回転し、回転のエネルギーを左拳先に集中させ、相手との間合いがゼロの状態から、左拳先を爆発的に数センチ突き出す!


 伯爵の右手が、内側から弾けた。驚く伯爵!


 突然、伯爵の左腕から暗器のナイフが!

 私の左手首が、切り落とされた……




 片ヒザを、床につけてしまった……屈辱だ。

 力が抜けて、そのまま、床に倒れ込む。


 伯爵の上腕が内側から膨らむ。ゼロ打撃の中に、魔法の蛇を仕込んでおり、伯爵の体を内側から食う。

 伯爵は、自分で右腕を斬り落とした。


 自分の心臓をどこかに擬態しており、右腕を再生するつもりのようだ。


 伯爵の右腕からの流血は止まった……が、伯爵も床に倒れ込んだ。




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