第2話 転生

「ははははッ! ブラッドは何でこんなに可愛いんだ!? 高い高いしてやるぞ!! 」

「アーノルド、そんな乱暴に接したらブラッドが泣いちゃいます。もっと優しく、花を愛でる様に接して下さい」

「お、おぉ……こうか?」

「ちちうえ、もういいです」

「はははッ! 遠慮するなッ!」

「本当に……そろそろ執務の時間なのではないですか?」


 此処に来てから、早い事に5年の月日が流れようとしていた。

 屋上から飛び降りたあの日、僕は夜空の星にはならず……他人の人生を歩む事になった。つまり『転生』というヤツだ。


 最初は驚いた。まさか転生するなんて。

 でも、死ぬ前の記憶を持ったまま第2の人生を始めたという者も世界には少なくない。僕もその1人になったと思うと、冷静さを取り戻す事が出来た。


 また、つまらない日々が続く。

 そんな事を考え辟易し、僕はまた死のうと考えた。


 赤ん坊の所為か、視界も朧気な中で何とか寝台から落ちようとしたり、手探りでどうにか死のうともがいた。

 危険に自ら近づく、死のうとする赤ん坊。両親からしたら気味が悪くて絶望するだろう。


 それでも、聞こえて来るのは僕を宥める様な、慰める様な、穏やかな声。意味は分からなかった。それでも分かる、優しい声だった。


 日が経つにつれ、視力は徐々に発達していった。

 そして分かる、あの優しい声を掛けてくれていたのはこの2人だったのだと。


 僕は……一先ず死ぬ事を止めた。

 両親は1日の大半を、そしてそれを補佐するように1日中使用人達が交代しながら付きっきりで僕を見張っている。食事や風呂、トイレまでも。

 周囲には危ない刃物や先の尖った物も何も無く、死ぬ手段は無かった。


「む……そうだな。ブラッドばかり構ってやるとブラッドのお兄ちゃん達がむくれてしまうからな。今日はこのくらいにしよう」

「元気にしててね」


 いつものセリフを聞きながらアーノルド、セリアと別れ、数人の使用人と共に部屋へと残る。

 僕は小さく息を吐くと、覚束ない歩みで鉄格子が着いている窓の近くへと近付き、外を見た。


 そこには青く澄んだ空が広がっている。そう、死ぬ前に見た夜空と同じ……空の筈だった。


 死ぬ事を辞めてから、僕は色々なに気付いた。


 太陽が2つある、此処は"異世界"だったという事。

 僕が産まれたのは、エスクード王国という、小国の島国ながら周辺の国々に多大な影響を与える『騎士の国』だっという事。

 そんな国で第3王子ブラッド・エスクードという高貴な身分として産まれたという事。

 

 生活レベルは前世のものとは比べ物にならない、中世ヨーロッパ程度。移動は車ではなく馬車が当たり前で、オムツは清潔そうな白い布を巻いているだけ。セリアの作り話の可能性もあるが、現世ではお目にかかれない『勇者』なんてものも昔は居たらしい。


 信じられなかった。


 だけど、死のうとしている僕にとっては、どれもどうでも良い事だった。


 ただ1つ、この世界で気になっている事があるとしたらーー。


「あのひと、何したの?」


 窓の外。この王城がある敷地内を隔てた壁の向こう側、微かに見える布切れをただ被ったような服を着ている男が血だらけで倒れていた。


「野盗にでも襲われたのではないかと」

「……お医者さんとか呼ばなくていいの?」

「あんなのにお医者様を呼ぶ必要はありません。アレは国のさびのような存在、取り除かなければなりません」


 使用人は不快な表情を隠そうともせず言った。


 この世界では、命の価値が軽い。

 もし治療を行わなければ、あの男は道端で死ぬだろう。だけど、それは国の為であると言う。

 人は人でも、人としての価値が無ければ人では無い。物として扱われ、もし道端でとしても、問題にすらならない。


 ーー刺激的だと思った。


 僕は前世で生きていた時にはあり得ない、この世界の常識に少し惹かれていた。


「ブラッド様、隣の部屋で採寸の準備が出来ましたのでご移動をお願いします」

「あぁ……今日だったっけ」


 窓辺でボーッとするのを止め、使用人に促され隣の部屋へと向かうと、そこには何着もの豪華そうな服が揃えられていた。


 1ヶ月後、僕は5歳の誕生日を迎える。

 エスクード王国では、5歳を迎えるというのは何か特別なものがあるのか、豪華に執り行うようだ。


「どうでもいいけど……」

「何か言いましたか?」

「………べつに、何でもないよ」


 僕はただ使用人達に人形の様に着せ替えられるのだった。


〜〜〜


「ブラッド様、カッコいいですよ」


 使用人におだてられながら、僕は黒を基調とした衣装を着ていた。


 目の前に映る姿鏡には、5歳児にしてはトップクラスにカッコ良くなってしまっている男の子の姿がある。

 黒髪は整髪料で固められオールバックに、瞳は鮮血に染まっている。いつも室内に居る所為か、肌が不健康な程に青白い。

 僕は大きく息を吐き、襟を正した。


 今日は、僕が5歳の誕生日。

 僕は、初めてこの部屋から出る。

 産まれてから暫くは何時も死のうとしていた。僕を態々解放するなんて、何があるのだろうか。

 そんな事を思い耽っていると、部屋の扉がノックされる。


「準備が整いました。会場の方までお願い致します」


 使用人が扉を開け、僕は部屋の外へと出た。

 外には、短髪で頑強そうな男が此方を見下ろしていた。


「お初にお目に掛かります。私はバハト。これから貴方の護衛を勤めるよう言われました。よろしくお願いします」

「なッ!!」


 丁寧に胸に手を当て浅く頭を下げた男に、近くに居た使用人が短くも驚愕の声を上げる。


 僕は、エスクード王国の王族。つまりこの国で1番の地位を持っている。


 頭を垂れて当然。

 そしえ僕に無礼な態度を取る事は、この国での死を意味する。

 バハトがどのような立場の人物か分からないが、使用人の反応を見る限りこれは予想外の反応で、あり得ない行動だったのだろう。


「そう。よろしくね」


 だけど、僕は端的に言葉を返した。


「……案内します」


 それにバハトは怪訝そうに一瞬眉間に皺を寄せた後、また小さく頭を下げた。


 野性味が溢れる容姿ながらも、何かを考えている様な、行動や言葉の端々から知性が滲んでいる様に感じた。この行動にも何らかの意図があると踏み、僕は気にしてない様な態度を取ったのだ。

 これも沢山の人を殺し、沢山の感情をぶつけられて来たからだろうか。これしきの事で、動揺なんかしなかった。


 使用人達と別れ、バハトの後を追う。少し歩くと出て来たのは石畳の螺旋階段だった。

 まだ降りるのかと、螺旋階段の途中にある窓から外を見てまた衝撃的な事が分かった。


「ここ、"はなれ"だったんだ」

「……いえ、此処は貴方の為に建てられた塔です」


 物はいいようだな、とバハトの言葉を心の中で否定する。

 僕を軟禁する為、都合良く建てられた建物。僕の耳にはそうとしか聞き取れなかった。


 前世を含めて産まれた時からの記憶が鮮明に頭に残っている。

 赤ん坊の時から聞かされた言葉は、その時は理解出来なかった。だけど、今ではその意味がよく分かる。


『死神に見初められた子』

 産まれた時言われた、僕の蔑称だった。

 両親共に似ても似つかない、黒髪。何より産まれて直ぐに死のうとする赤ちゃんなんて、呪われてると思われても不思議では無い。


 今は言葉も分かり、目の前で言われる事は無くなったけど、陰では言われているに違いない。


「そう。ならいいけど」


 素っ気なく返事をし、僕は先を促した。


 平坦な、平凡な、何の意味もない、つまらない人生。

 死ぬ事も、誰かを殺す事も出来ない。

 もし殺したとしても、僕と心を通わせ愛し合う事が出来る者なんて居ないのだ。


 そんな分かりきった生を歩むならーー。


 僕の時間だけでも、早く経てば良いのに。

 そう願わずにはいられなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2024年12月5日 12:12
2024年12月6日 12:12

愉快な騎士王子は、血みどろル。 ゆうらしあ @yuurasia

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画