愉快な騎士王子は、血みどろル。

ゆうらしあ

第一章 転生

第1話 死ぬ

 恐らく、僕と一緒に血を混ぜ合わせてくれる者はこの世には居ない。


 人生で1番の快楽は『死ぬ瞬間』だと、何かの動画で見た事があった。

 小さな頃、見た動画。動画の言っている、『脳から出るアドレナリンが溢れ出てーー』という所なんて大半は理解が出来なかった。


 だけど、僕は今もそんな動画が頭の中でハッキリと再生される。まるでそれは、忘れてはならない事なんだと、言い聞かせてくる様にーー。


「あ、まだ残業ですか? お先に失礼しますね! 頑張って下さい! これ良かったら眠気覚ましに、コーヒーです!」

「ははっ……有難う」


 その動画が連続して頭の中で流れる様に、それは風呂場の水垢の付いた鏡の様に、拭けど拭けど水垢は浮かび上がる。

 僕の人生は、どこか不透明な人生だと思う。頭から離れないこの動画は僕の人生を狂わせた。

 それは仕事も手に付かない程に、僕の汚れた欲を刺激するから。


 僕の水垢は、何をしても消えない。ずっと頭の中にこびり付いているのだ。

 こんな世知辛い世界なのだから、それは仕方がないのだと思う。


 だけど、窓から見える綺麗な夜空の下……殺人という罪を犯した人間も知らない顔で、平穏な毎日を過ごしている。他者に人生で1番と言われる『快楽』をプレゼントして。


 だから、僕はーー。


 ◇


 今日も仕事を長引かせ、定時を少し過ぎた頃。私は会社のエレベーターに乗り下に降りていた。

 最近眠れない日が多い所為か、ついつい仕事をやり過ぎてしまう。1番上の立場の者がこうでは、下の者達もやりにくいだろうに。今日こそは早く寝よう。そうだ。久々に風呂にでも入れば簡単にーー。



 ぴんぽーん。



 不意に、エレベーターが途中の階で止まる。いつもは止まる筈もない階、いつもなら真っ直ぐに下まで行く筈だ。


 まさかーー。


「ッ!? って……何だ、〇〇君か」


 前に立っていたのは此処数年勤めてくれている新人で、自然と前に盾の様に構えていたカバンを下ろす。


「しゃ、社長? お疲れ様です。そんな身構えてどうしたんですか?……」

「あ、いや、なんでもない。それよりも君はこんな時間まで残業かね?」


 この理由を、話す訳には行かない。

 そう思い、話を変えようと少しイジるように片眉を上げ、隣に来た新人の腕を肘で小突く。


「あっ、はいっ! 少し仕事が溜まってて……」

「残業するなとは言わないが、社会人は身体が資本だからな。気をつける様に」

「はい!」


 最近、残業続きの自分が言えた立場ではないが……と心の中で自分にツッコミを入れながら新人と交流をする。

 そして……この新人が何の仕事を引き受けていたのか考え、私はある事を思い出す。


「……そう言えば、中途で採用した子はどうかね?」

「あ、あの人ですか……少し全体的に暗いというか、影があるような感じはしますね。仕事は出来るんですけど!」

「そうか………なら良いんだ。なるべくサポートしてあげてくれ」


 そうだ。バレていない。バレる訳が無いんだ。

 自分に言い聞かせながら、私は新人と共に下の階まで行く。挨拶を交わして別れ、自分の車に乗り込む。



 どぉッ。



 瞬間、勢いよく車の扉が開かれ、脇腹に衝撃を感じた。


「え?」


 熱い感覚を覚え、視線を横に移して戦慄する。

 中途入社したあの男が、血塗れの刃物を片手に此方を見下ろしていた。


 ◇


 目の前には、社長が車から地面へと転び落ち、蹲る姿があった。


 遂に、遂にやったのだ。


「〇〇の仇を……!!」


 目頭から熱いものが込み上げてくる。


「バカにしやがって!! バレてないとでも思ったのか!? 悠々と生きやがって!! 罪人が!!」


 罪人は日常に知らぬ前に紛れ込んでいる。そして、目の前に居るこの会社の社長も同じ罪人だった。

 結婚を誓い合った〇〇を自殺まで追い込んだ張本人。この人が、この者が、コイツがーー。


「ははっ! やっと殺す事が出来た!!」

「え、〇〇さん……? 何してるんですか?」


 あまりの感激に、背後に居た者に初めて気付く。

 自身の教育係を務める新人くんだ。


「……制裁だよ。罪人に対してね」


 これは当たり前に行われるべき制裁。人を意図的に死に追いやった、そんな人間が平穏に生きていて言い訳がない。


「あ、あぁ……〇〇さんは、の事も殺すんですか?」

「安心しなよ。此処に入社出来たのは君の手助けがあったからだ……の事は通報してくれ。もうこれも、必要の無い物だ」


 手に持っていた刃物を新人くんの方へと投げ渡し、俺は死体の転がる横に座り込んだ。


 悔いは無い。これでアイツの無念も天に召される事だろう。これで、俺も殺人者。まともな生活は送れない。刑務所ではどんな事をするのだろう。

 永遠とそんな事を思い耽っていると、前方から鼻で笑う様な声が聞こえて顔を上げる。


「本当の罪人には制裁せずに終わって良いんですか? 〇〇さんが泣きますよ?」


 そこに居たのは、先程まで怯え切った様子で唇を震わせていた新人くん。

 その口角は、気味悪く上がっていた。


「いやはや、〇〇さんの事はお気の毒に。社長にレイプされたんでしたっけ? まぁ、あの容姿の女の子と密室になったら……する可能性もあるんじゃないですか?」


 何故その事を……いや、何よりなんで〇〇の事を知っているのか。しかも社長にレイプされたなんて事までーー。


「その後も、弱みを握られた彼女は誰にも相談出来ず自殺……本当に可哀想だ」

「ど、どうして知ってる?」


 自然と口に出した言葉。それに新人くんは惚けた顔で、さも当たり前の様に答えた。


「どうしてって、僕が仕掛けた事ですから」


 絶望、そして怒りを通り越して、疑問が浮かぶ。


「何でそんな事……したんだ?」

「そんなの、"やりたかったから"。特に理由はありませんよ。そうなったら面白いかなって」


 全て騙されていたのだ。

 この世は弱肉強食。

 強い者だけが、生き残る。


「て、テメェッ!!」


 拳に自然と力がーー。


「え……?」

「どうしたんですか? ほらッ! 目の前に仇が居ますよ!!」


 新人の煽る様な声が遠くから聞こえて来る気がする。

 だけど、身体は思うように動かず、俺はそのまま蹲るように地面へと這いつくばった。


「な、何で……」

「あのコーヒーに遅効性の毒物を仕込ませて頂いたんですよ。飲んでくれて良かったです」


 数秒後、背中から社長を刺した物と同じであろう物が生える。


 社長を殺す為に使った刃物が自分に使われるとは……これが因果応報というやつなのだろうか。


 新人は慣れたかの表情で、笑顔で背中をなぞる様に刃物を走らせた。

 背から血が溢れ出す。喉の奥から込み上げてくる赤いものを吐き出しながら、俺は薄れゆく意識の中絞り出して言った。


「クソッタレ……!!!」


 ◇


 ーーつまらない毎日だ。


 最後の言葉でさえ、ありきたりなB級映画に出て来る様なモブの死に様。予想通りで、思わず頭を掻きむしりたくなる。


 長年の作戦をダメにしちゃったんだから、てっきり物凄い反応をしてくれるのだと思っていたけど、全然。

 態々、上司に男の彼女を当てつけ殺させるという面倒な事をさせたのに。しかも男がよく考えれば気付く状況証拠まで残させて、この会社に入る様にも誘導したのに、こんな結果。


 つまらない。あぁ、つまらない。


 僕は、自分のスマホから警察と救急車を会社へと呼んだ後、また会社の中へと戻っていた。

 あの男が社長に妙な真似をされたくなかった為か、既に会社のブレーカーは落とされておりエレベーターは動かなかったので、階段を登る。


 辛く、つまらなく、長い階段が続く。

 そう。僕の人生は、この階段の様に何の苦もない、平凡な人生だと思う。


 学校で勉強して、社会人になって仕事して、ただ生きていた。


 それが普通の人なら幸せなのだろうが、僕にはそう感じられなかった。

 こんな人生を生きて、僕はこの世界に何を与えているのだろうか。僕のやっている仕事は世界の誰かの為にはなっている……それは誰なんだ? 僕に直接関係なんてないし、それで世界に影響を与えているとは到底思えもしなかった。


 階段途中の踊り場のくすんだ窓から、綺麗な星空が微かに見えた。


 そう。僕が産まれた頃もこんな星空だったらしい。


 僕が産まれたのは、2000年の1月1日。紅白歌合戦が終わり、除夜の鐘がなり始めた頃だったらしい。手術室にテレビなんてないが、看護師がめでたい事だとぬかしていた。


 僕は産まれた時から記憶が存在する。

 母のお腹から取り出された瞬間、小学生の時テスト中に落とした鉛筆、忘れたくても、全て、小さな頃から覚えたくない事まで思い出される。


 両親が、家で殺し合いを始めたのも。


 今思えば、痴情のもつれというヤツだったのだろう。どちらも怒鳴り合い、母は包丁を手に、父は拳で応戦した。

 父の腹に致命傷になる包丁が突き刺さるものの、父は勢いそのまま母を殴り殺した後に息を引き取った。


 ーーそれを僕はただ呆然と見つめていた。

 それが、一番の快楽だという事を知っていたからだ。


 今の今まで親から愛された事のなかった僕からしたら、目の前で行われていた行為は、初めて親が愛し合っているこそのモノだと思ってしまったのだ。


 そして施設で過ごし、僕は成人した。

 常識的に殺人というのは罪だというのは分かっていたので、殺人をするのは大人になるまで待ち、20歳になったその元旦の早朝に、僕は夜道、一人で歩いていた者を殺した。


 愛し合おう。

 沢山の人に快楽を味わって欲しい。

 その為に、老若男女、完全犯罪を繰り返した。何度も。

 だけど、やってもやっても死んでいく人達は苦しそうに、僕を恨めしそうに睨み付けて死んで行く。


 一番の快楽の筈なのに。


 僕と心情を通わせ、愛し合い、快く気持ち良く死んでいく者は誰一人として存在しなかった。

 色々な手法で命を絶ってきた。これ以上の死を繰り返した所で、何も僕の心は埋まらないだろう。


 もう疲れた。これで終わりだ。


 出来るならーー。



「即死、だね」



 僕は、真っ逆さまに会社の屋上から飛び降りた。


 人生の1番の快楽を求めて。


 視界に夜空が広がる。

 世界は広い。

 そして今も、この世界は死に溢れている。この瞬間にも何人もの人が息を引き取っている。その人達はどれだけの快楽を得ているのだろうか。



『意外に……気持ち良くないんだな』



 何故か。死んだ後というのは、こうも意識がハッキリとしているのだろうか。


 そこは空気が澄んでいた。

 吸い込む空気が美味しく感じた。


 それはまるで、異世界に来たかの様なーー。

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