第197話 平和は遠く【完】
学校の授業を受ける。
そんなことができるぐらいには平和が戻ってきたことがありがたいと思った。稲村先生が色々と言っているのを右耳から入れて左耳に流しながら、俺はただ空を眺めていた。
少し前まで、登校するなんて考えられないぐらいに酷いことが連続していた。ブネから始まったゴエティア騒動で、都内の人間が一斉に非難することになったし、被害総額は数えるのも億劫な感じになっていて、歴史上最大の魔法テロって世界で既に言われているぐらいだ……本当に、厳しい時間が続ていた。けれど、それももう終わった。
テロの原因になっていたゴエティアは壊滅、ボスであるグリモワールが扉の向こう側にあったゲートの中で一緒に朽ち果てていった。グランドキャニオンにあったゲートも消滅して、アメリカは平和が近づいたらしい。世界中のダンジョンが消えていないが、あの箱庭に繋がっていた扉だけがこの世から消えていた……それは、帝釈天の言っていた通り、他世界を侵略することでしか生きることができなかった種族が、完全に滅んだことを示しているのかもしれない。
「はぁ……」
「デカい溜息だね」
「そりゃあ、デカい溜息も出るだろ。今まで忙しかったのが急に解放されて、お前の好きなことやっていいぞとか言われて、遊作は自分のやりたい頃がいきなり湧いてくるのかよ。少なくとも、俺には思いつきもしないぞ」
別に箱庭の世界がなくなったからダンジョンが消え去ったわけではない。ダンジョンに出現するモンスターの数やイレギュラーは減るかもしれないが、別に0になるわけではないことは確認されている。そうすると、召喚士も魔術師も別に仕事がなくなるわけじゃないし、これからも俺には仕事としてやることもある。けれど……それが俺のやりたいことかと言われると、微妙なのも事実だ。
「じゃあ、稲村先生に倣って教師になってみるとか」
「俺が人にものを教えるような人間に見えるか? そういうのは品行方正なお前とかの方が向いてるだろ……それに、俺の召喚魔法だって結局なにがどうなっているのか、イマイチわからないんだしな」
世界は緩やかに平和になる方へと向かっているのかもしれないが、ダンジョンの今の状態を見ると、少なくとも俺が生きているうちはモンスターがダンジョンから溢れたってニュースは聞くことになるだろうな。
「授業中にじじくさいことを言わないでくれるかしら? 真面目に受けなさいよ……ただでさえ仕事を理由で授業にあんまり出ていないんだから、せめて授業に出ている日ぐらいは──」
「──なぁ、帰りにラーメン屋寄っていかね? 山城も誘ってさ」
「別にいいけど、君、最近は仕事してないんじゃないの? 怒られても知らないよ?」
「大丈夫だって。日本にどれだけ召喚士と魔術師がいると思ってんだよ。俺がちょっとサボっているぐらいに崩壊するなら、とっくの昔に崩壊しているはずなんだから、そんなに心配するなよ」
「……あのねぇ!」
桜井さんが立ち上がって俺を怒ろうとした瞬間に、俺たちの前に蔵王権現が出現した。恐る恐る、壇上にいる稲村先生を見つめると、見惚れるような笑みを浮かべているのに額に青筋が浮かび上がっていた。
「……稲村先生」
「なぁに?」
「蔵王権現はやりすぎだと思います」
「そうね、ならちょっと外でやりましょうか」
「嘘でしょっ!?」
蔵王権現が俺の首を掴んで窓の外に投げ飛ばされた。
酷い目にあった。
まさか授業中にお喋りしていただけで本気で蔵王権現を操った稲村先生と戦うことになるとは思わなかった。そこそこ反省はしているが、俺だけが悪いみたいな風潮は許せない……桜井さんはまだしも、遊作だってそこそこ関係ないおしゃべりしていたはずなのに、俺ほど怒られているのは常日頃の行動による信頼の差なのだろうか……普通に傷つく。
「しっかし……平和になると俺たちの仕事が減るってのも、考えものじゃないか?」
「……だったら普通にダンジョンに行けばいい。ダンジョンにはまだまだモンスターが沢山いる」
「いや、そうかもしれないけどさ……澪は、俺の観察はもう終わったのか?」
「終わってたらこんなところから出て行ってる」
「ソファに寝転がってジュース飲んでる奴がいうセリフじゃねぇな」
自由なもんだな……まぁ、澪の今までの人生を考えれば、こうしてリラックスできていることそのものが奇跡みたいなものなのかもしれないな。タナトスとしてゴエティアで殺し屋をやっていた頃からは考えられない変化だ。
「でもさ」
「ん?」
「その休日スタイルを俺の真似って言いふらすのやめてね? 最近、グリズリーさんから厳しい目で見られること、増えたんだから」
「でも、このスタイルは私が貴方を観察して手に入れた休憩方法。だからやめない」
「うん、せめてグリズリーさんには言わない様にしてねってこと」
それだけでも風評被害が抑えられるからさ。
そんなことを言っていたら、扉が開いてグリズリーさんが入室してきた。
「ここにいたか。仕事が来たぞ」
「久しぶりの仕事ですね、場所は?」
「悪魔の巣窟だ」
「まさあそこですか……本当にあそこ、モンスターの数が多いっすね」
「仕方ないだろう。あのダンジョンは相応の実力を持った人間しか入ることができないし、奥地まで進んでモンスターを狩ることができる人間はそう多くない。だから、お前に依頼が回ってくる……受けるんだな?」
「勿論、俺にしかできないなんて言われて断るんだったら、最初から即答してますよ」
悪魔の巣窟とも随分と長い付き合いだが……これからもその付き合いはなくならなさそうで安心するよ、まったく。
「ハナ、イザベラ」
召喚魔法を起動して2体の召喚獣を召喚する。
「いつも通り、仕事を頼む」
「……何故、妾だけでなく、こやつまで呼んだ? 妾が1人で片づければ問題ないだろうに」
「は? 相変わらずだな……主様、この空気が読めない吸血鬼は放置して、私たちだけで行こう。その方が絶対に効率がいい」
「は?」
「あ?」
うーん……本当にこいつら、俺の召喚獣かな?
俺が喧嘩するなってこの2人に伝えたの、何回だったかな……マジでなんでこんなに仲が悪いのか理解できないくらいなんだけども、まぁ、いいか。
「お前ら、それ以上喧嘩したら引っ込めて帝釈天に頼るからな」
「なっ!?」
「主様、それああまりにも──」
「出発進行!」
さて、今日もお仕事と行きますかね。
自分で戦う才能ないって言われたので召喚獣に戦ってもらうことにしました 斎藤 正 @balmung30
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