6.「デェ!?」

「はあ〜〜〜〜〜…なんか一気に疲れた…」

「何言うてんの、まだ華金は始まったばっかやで」

「100%京極さんのせいですけどね!」

「だからごめんて言うてるやん。はい、タン焼けたで」


項垂れるわたしに、京極さんは焼いてくれた肉を寄越した。さっきまでの態度に非常に納得はいかないが、せっかく先輩が焼いてくれたのに無下にするわけにはいくまい。慌てて手元の皿を差し出すと、ほい、と一枚、いい塩梅に焼けたタン塩が乗せられた。


「ありがとうございます…」

「ん」


さっきまで勢いよく噛みついてしまったのでちょっとだけ気まずい。きっとそんなに悪いことはしてないのだけど、こういう時に「わたしは悪くないもん」と突っぱねられるほど鉄のハートでもない。中途半端な己がちょっと悲しい。



「マス、大阪どうやったん」

「いいとこでしたよ、知り合いも増えたし。仕事死ぬほどしんどかったですけど」


新山さんがトングで肉の面倒を見ながら聞いてくれたので答えると、京極さんはパッと顔を上げた。


「え、まっすーちゃんって大阪おったん?」

「はい、夏前まで」


やたらと食いついてくれるのでちょっと不思議に思いつつも、大阪時代の部署の名前を言うと、ぱあっと顔が明るくなった。



「なあ、すんごいギャルな営業っておらんかった?」

「…荒川ちゃんのことですか?」

「そう!」


大阪支社の、すんごいギャルの営業。もう一人しかいない。いつだって満点に元気でフルパワーで明るくて、とんでもなく派手な後輩がいた。「ゆみさん!」とニコニコ笑顔で呼んでくれる明るい声が思い出される。大阪時代はかなりしんどかったけど、正直あの子のおかげで乗り切れていたところもある。何回も一緒にご飯に行ったし、休みの日には一緒に遊んだこともあった。


「俺大阪入社なんよ。あいつと歳近くて仲良くてさ」

「え、そうなんですか!?」

「まっすーちゃんって、下の名前、ユミ?」

「はい、そうです」


京極さんの顔がぱあっとさらに明るくなった。「荒川がさ、最近大阪で仲良い先輩おらんようになったって嘆いててさ」ユミさん、としか聞いてないから、誰やろうって思ってたんよな。と京極さんは嬉しそうに言った。まさかの共通点。



「なんやねん荒川、俺が異動した時はそんなん聞かんかったのに」

「新山さんはねえ、まあ…人望がね…」

「髙比良、お前生焼けでええか?」

「すみませんごめんなさい、人望も権力も実力もある!ヨッ!」

「それはそれで嫌やな」


拗ねる新山さんと揶揄う髙比良くん。京極さんはニコニコで身を乗り出している。「嬉しいなあ。ほんなら中村とか、はるとかも知ってる?」名前を聞いてすぐに、二人の顔を思い出した。その二人も、荒川ちゃんと一緒の営業職の後輩だった。荒川ちゃんと中村くんがとにかく元気で明るくて、はるちゃんはそれを呆れながらもツッコむ、みたいな構図だった。3人セットのイメージだったけど、実は京極さん含めて4人セットだったらしい。…ん?


「歳近くて、って…荒川ちゃんたちってまだ若いですよね?96年生まれとかじゃなかったっけ…」

「うんそう。俺95年生まれ」

「え!」


しれっと言う京極さん。社歴が3年上で、歳は2つ下で…色々計算しかけたけど、元々算数は苦手だ。酔ってるしやめとこう。「年齢でいうと、今日俺がいちばん下やね」と、京極さんはまた肉を焼く体勢に戻った。年下とはいえ先輩なのに肉焼かせてすみません。


「ほんまにくそ生意気よなあ、最初っからずっとこれや」と新山さんが毒づくので聞いてみたところ、新山さんはわたしと一緒に働いたあと、大阪支店にも異動していたらしい。その時に京極さんと知り合ったのだとか。京極さんは大阪支店でしばらく働いたあと本社に異動になって、そこで髙比良くんと意気投合したのだそうだ。


「逆にちょっと生意気なくらいが可愛いでしょ、後輩なんて」

「お前が言うなよ!」


京極さんが笑って新山さんに言うと、新山さんは眉間に皺を寄せて苦い顔をした。そのあと、私と髙比良くんを見て、「俺の後輩は生意気なのしかおらんな」とため息をついた。


「ひどい!こんなに新山さんのこと慕ってるのに!」

「じゃあおまえ一番好きな先輩の名前言うてみ」

「堂前さん」

「…髙比良は!」

「石田さんですかねえ」

「……京極!」

「新山さんじゃないことは確実」

「よし、全員帰れ」


なんとまあ見事な連携プレー。わたしは堂前さんの名前を、髙比良くんは石田さん(もはや先輩どころの話じゃないけど。ついこの間、最年少役員になった人だ)、京極さんは一番辛辣だった。


「嘘嘘嘘!!本当は大好きですよ、マジ尊敬卍」

「お前そういうとこやぞ、ほんまに」


わたしが大爆笑しながらそういうと、新山さんはまた渋い顔をしてトングでわたしを指した。「ちょ、指さんといてください」と言えば、「さっきおまえ京極を思いっきり指差しとったやないか」と返された。それはそれ、これはこれ。それでもやれやれと笑ってくれるから、(さっき堂前さんと言いはしたけど)新山さんは本当にいい先輩だなと思う。大好き。しみじみ。


「そういえば新山さん、前付き合ってた彼女ってまだ続いてるんですか」

「え?」

「ほらあの、看護師でむっちゃ綺麗な…」


わたしが、次に焼かれたハラミ(京極さんが焼いてくれた)を頬張りながら聞くと、新山さんは怪訝な顔をした。さすがモテ男、前の彼女というワードだけでは絞り切れないってわけか。思い出せた具体的な情報を言うと、新山さんより先に京極さんが声を上げて笑い出した。またこのパターン!


「え、なに!?」

「まっすーちゃんさすがやな。それ聞けるん、君くらいやで」

「嘘!何!?聞いちゃダメだった!?」


京極さんはにやにや笑って、髙比良くんはものすごく気まずそうにしている。どうやら聞いたらダメなことを聞いてしまったらしい。新山さんの方を見ると、死んだ目でハラミを焼いていた。完全にミスった。


「え、あ…すみません…」

「いや、ええよ。喋ってなかったもんな…」

「あ、はい…」

「プロポーズして入籍したで」

「え!」


死んだ顔をした新山さんが口にしたのは、ものすごい幸せな報告だった。なのに、テンションと周りの温度感には一切幸せなオーラは感じない。なにこれ。わたしの脳がバグった?不安になって髙比良くんを見ると、ビールジョッキ片手に沈痛な面持ち。向かいの京極さんはにやにやしたまま。どういうこと?


「え?おめでとうございます…?」

「うん、ありがとう。ほんで去年離婚した。」

「デェ!?」


思ったよりも大きい声が出てしまい、慌てて口を押える。個室でよかった。わたしが新山さんと一緒に働いたのは2年くらい前で、その時はまだ結婚してなかった。そして、離婚したのは去年。ほろ酔いの頭で計算してみたものの、結婚生活は1年弱、という答えにしかならない。


「え、あ、…ええ~マジですか…」

「しんどかったー…もう全然吹っ切れたけど。ビビったなああれは」

「り、理由って…」

「むっちゃ聞くやん、さすがやな」

「いや!言いたくなかったら全然!むしろ聞いちゃダメですよねこんなん!すみません!」


京極さんがまた笑うので、慌てて謝る。そうだよね、勢いで聞いちゃったけどこんなのだめよね。でも新山さんは、謝るわたしに首を横に振った。「いや、全然ええよ。変に噂で伝わるよりは直接言いたいし」。じゅうじゅうと肉が焼ける音をBGMに、新山さんが言うには、「結婚してみたら違った」と言われたのだそうだ。新山さんが異動になるタイミングで、プロポーズして入籍。一緒に引っ越して始めた新生活ですれ違いが増えて…ということらしい。そしてまさかの、つい先日元奥様は別の人と入籍したのだとか。「まさか離婚するとはなあ」と、どこか他人事みたいに新山さんは苦笑いしていた。



「お疲れ様でした…大変でしたねえ…」

「結婚式とかしてなくてほんまによかったわ」

「ナイスファイトでした。じゃあいま一人なんですか?」

「うん、当分恋愛はいらん。仕事に生きるわ」



だからたまには飯付き合ってや、と珍しくちょっと寂しそうに新山さんが笑うので、なんかこっちまで寂しくなって、「いつでも呼んでください、暇なんで!」と食い気味に答えた。元気そうだったのに、まさかそんなことがあったとは。完璧な先輩の知らなかった一面に、ちょっとだけ胸が詰まった。こんなにいい人なのになあ。



「まっすーちゃんはどうなの、最近」

「髙比良くんこそどうなのよ」

「なんもなし」

「奇遇だね~わたしもなんもない」



髙比良くんが話を切り替えるように明るく聞いてくれたものの、残念ながら楽しい話題は何ひとつなく。わたしの答えを聞いた髙比良くんは、黙ってビールジョッキを構えた。同志よ!とジョッキをぶつけ合うと、向かいから京極さんのグラスも伸びてきた。


「俺も混ぜて、それ」

「え、なんもないんですか?」

「ないよお、俺も当分いらんねん」

「あ」


菊池さんの、と喉から出そうになったのを慌てて飲み込んだ。新山さんの件を聞いた後に、菊池さんの件まで聞くのはちょっとヘビーすぎる。とりあえず今日はこの会を楽しみたい。仲良くなったら教えてくれるのかな、なんて思いつつ。京極さんはわたしの反応を見て、「顔に出やすいなあ」と笑った。


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