5.「一番出世してるのは新山さんだから、責任とって一番悪いってことにしましょう」

『京極風斗』と、目の前の男は名乗った。堂前さんが「気を付けて」と言っていた、まさにその彼。一瞬で堂前さんの顔と、うすぼんやりと知っていた菊池さんの顔が浮かんで、すぐに新山さんの「穿った見方はせんといてな」という言葉で上塗りされた。ぱ、と新山さんの方を向くと、「ごめん」と口パク。髙比良くんの方を見ると、相変わらず申し訳なさそうな顔でこちらに手を合わせていた。最後にもう一度、目の前の彼に視線を戻すと、やっぱりまた、いひひ、と笑っていた。



「…わたしが名前知らんって絶対わかってましたよね!?」

「うん、わかってた。ほんで、新山さんとくるまがそれを知らんのも知ってた」

「わかってて名乗らんかったんですか!?」

「うん。おもろいなーと思って」

「性格終わってるやん!なんなんもう!」



わたしの文句に、京極さんはへらへらと笑って、まったく悪びれもなく答えた。なにがおもろいねん!こっちはどれだけ恥ずかしかったか!怒ってみても、暖簾に腕押し、まったく受け止める気がないようだった。



「ごめんごめん、ほんまにこれは俺らが悪いわ」

「新山さんもくるまくんももう別に悪くない、京極さんが一番悪い」

「わあ名前呼んでもらえた」

「京極さんちょっと黙って、まっすーちゃん本当にごめん」



ずっとへらへらしている京極さんを制して、髙比良くんが眉毛を下げる。

「別に大丈夫、もう謝らんでいいよ。悪いのは京極さんやん」と、目の前の彼に聞こえるように言ってみたものの、やっぱりなんも響いていないようだった。



「仲良くしてや、まっすーちゃん」

「今の時点では無理そうです」

「なんでえ、せっかくのご縁やん」

「自分の行いをよーく胸に手を当てて考えてください」

「あは、その顔、近所のむっちゃ吠える柴犬に似てる」



なんとか一矢報いたくてとげとげしく言葉を返すものの、全く手ごたえがない。それどころか倍にして返してくるのでわたしはどんどん自分の眉間のしわが深くなるのを感じた。しまいにはむっちゃ吠える柴犬に似てるとかのたまう。なんだこいつ!


「くるまくん!こいつむっちゃムカつく!」

「わかるわかる、言いたいことはすっごい良く分かるんだけど…」

「けど、なに!?」


京極さんを指さしてくるまくんに泣きつくと、彼はわたしの肩に手を置いてなだめた。いつもはあんなにはきはき喋るのにやたらと口ごもる。わたしが言葉尻に噛み付くと、くるまくんは気まずそうな顔をして口を開く。「あのね」。



「先輩なのよ、京極さん。我々の」

「え」



「だから、ね。一応ね、先輩指差すのはやめとこっか」と、くるまくんは、京極さんを指さすわたしの手をそっと掴んでゆっくりと下ろした。

固まるわたしに、くるまくんは「つらいだろうけど事実なんだよ」と首を振った。新山さんが額に手を置いて下を向いている。肩が震えている。明らかに笑っていた。そのまま横に視線を遣ると、京極さんがダブルピースしていた。



「いえーい、俺先輩~」

「嘘だ―――!」

「うそじゃないねんな~」



あーおもろ、おまえの同期愉快やなあ、と京極さんは心底おかしそうに笑ってくるまくんを見た。「京極さんって本当にいい性格してますね」と髙比良くんがじとっとした目で返した。


「社歴3つ上やで、敬いや」

「敬ってもらえることしてから言ってくださいよ!」

「あーあ、そんなこと言っていいのかなーー」

「なんですか」

「広報のシステム復旧したん俺なんやけどなー」

「え」


京極さんはにんまりと目を細めて、わざとらしく声を張った。先週、わたしの部署の使っているシステムが、崩壊レベルのトラブルに見舞われてしまったことがあった。システム販売元に復旧を依頼したものの匙を投げられて途方に暮れていたところ、うちのシステム部が引き受けてくれて無事復旧したのだど…つまりそれが、京極さんのおかげだった、ということらしい。


「そ、それは…」

「頑張ったんやけどな〜」

「…その節は大変お世話になりました…」


ムカつくのは事実だけど、京極さんが引き受けてくれなかったら仕事ができなかった、ということもまた事実だ。となると今すべきなのは文句ではなく感謝であることくらい、酔っ払った頭でもわかる。わたしがお礼を言うと、京極さんは「うむ、よろしい」と笑った。一連の流れを見ていた新山さんが、一つため息をついて口を開いた。


「…ていうかいい加減料理頼んでいい?お前ら喋りすぎやねんて」

「新山さんにも原因の一端ありますけどね」

「悪さ加減で言ったら俺は一番下やで。一番は京極、次に髙比良、で俺」

「でも一番出世してるのは新山さんだから、責任とって一番悪いってことにしましょう」

「なんでやねん」

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