ぼっちで恋愛経験の無いクラスメイトに色々なコトを教えてあげる話

依奈

プロローグ


「別れて」


 目の前の女性からキッパリと告げられる。


 その女性とは一年半くらいの付き合いで、ついさっきまで私の彼女だった人だ。


 彼女は私と別れたいらしい。それは私も同じ気持ちだった。


「――私だって! 椎那しいなとはもう話したくない。LINEは既読無視するし、家に遊びに行ったら、部屋ぐちゃぐちゃで歩く所無いし、この前の約束だって!――守ってくれなかったし。もう知らない」


 バタン。


 玄関の扉が閉まる音がする。



 ***


 夜七時。

 本当だったら、椎那の家で食べる予定だったのに、私はいま公園にいる。


 真っ暗な中、街灯だけが公園を照らしてくれている。


 公園のベンチで、ファミマで買った明太子味のおにぎりをひとり頬張る私。

 絶賛傷心中である。


 別に泣いてないもん。

 ただ次の恋の相手はもっとちゃんとした、素敵な人だったら、いいなーって思っただけ。


 いや、前言撤回。


 恋愛とかもういいかな。めんどくさいし。それに恋愛は男女じゃないと意味無いじゃん。子供産めないし。


 ――なのに、私は女の子にしか恋愛感情を抱けなかった。


 そんな自分を受け入れるのに、時間は掛かったものの、今は何もトラブルとか傷つくことは無い。


 よし! 決めた!


 私、もう恋愛しない!


 続かないし、めんどくさいし、き、傷つく、し……。


 認めたくないけど、椎那との一件で私は傷ついているんだ。


 あ、泣いてないからね?



 ***


 朝、学校に着くとやはり教室内はガヤガヤしていた。


「しず、おはよう」


 しずとは私のことで、私の名前は樋渡ひわたししずかという。


「おはよ」


 私もなのは、に挨拶を返す。


「しずさ、椎那さんと別れたんだってね」


 情報伝達速度はやっ!


 私が言ってないってことは、椎那がリークしたのかな……?


「うん、別れた。私、もう恋しない」

「それは早まりすぎだよ。うちは彼氏いるから、ダメだけど素敵な人なら世の中沢山いるって。もう女同士だからとか気にしなくていいんだよ?」

「分かってるって」


 教科書をバタン、と机に乱暴に置き、椅子を乱雑に音を立て、引く。


「怒って、る?」

「怒ってないけど」


 なのはを睨み、すぐに視線を逸らす私。


「しずって素直じゃないとこ、あるよね」


 確かに。言われてみればそうかも。


 授業が始まったので、なのはとの会話を終わらせた。



 ***


 放課後。なのはは彼氏と先帰るらしいので、教室には私と、もう一人の女の子だけが残った。

 私は夕陽が射し込む教室でひとり黄昏たかったから、残っただけで特に正当な理由は無い。もう一人の女の子は日直だったらしい。日直は二人で役割を果たすものだが、その片割れは本日お休みのようだ。


「黒板消すの、手伝ってあげようか?」

「いえ、大丈夫です。わたし、人間じゃないので」


 は?


 この子は何を言っているのか。天然なだけなのか。


「人間じゃん」

「でも、ここのクラスの人間じゃないので。放っておいて下さい」

「じゃあ、ここのクラスから出てけば? 黒板消すのは私がやるよ」


 自分でもキツいことを言った自覚はあった。でも彼女の言葉を真に受けるなら、間違ったことは言ってないだろう。


「んー、わたしと関わると良くないから、しずさんはわたしに構わず、帰ったほうがいいですよ。この罰はわたし一人で受けますから」


 しずさん? 愛称で呼んでくれてるの?


「日直は罰でも何でもないよ」

「そうなんですか?」

「うん」


 少しだけこの子の表情が和らいだ気がした。

 そっか。罰だと思ってやってたら、苦しいよな。分かる分かる。


「しずさん、わたしにもっと色々なコトを教えて下さい」

「分かった。まず、私の本名『しず』じゃないよ。樋渡しずか」

「へっ!?」


 愛称で呼んでいた事実に驚き、恥ずかしがる女の子。両手で顔を覆って、縮こまっている。可愛い。


「みんな、しずって呼んでたから……てっきりそうなのかと思って…………恥ずかしい」

「あはは。私の友達はそう呼んでるよね」


 私は友達が多いほうなので、色々な人から愛称で呼ばれている。自然とこの子の耳にも入ってきていたのだろう。


「そしたら、これからは『しずかさん』とお呼びしますね」

「えー、しずって呼んでよ」


 教えなきゃよかった……。


「そういえば、あなたの名前は何なの?」

「わたしに本当の名前はありません。捨て子なので」

「シリアス展開にしなくていいから! ちょっと、名札見せて」


 名札には枯草かれくさ夕梨花ゆりかと書かれていた。


「夕梨花ちゃんね、おっけーおっけー」

「仮の名です」

「なんでもいいから! 私は夕梨花って呼ぶことにするわ」

「お好きにどうぞ」


 日直の仕事――黒板消すのと机を整えるの――を終わらせると、二人で夕陽に溶け込んだ。

 通学路はまだ人通りが多く、辺りはまだ明るい。


「あのさ、」

「はい」

「友達になろ?」


 夕梨花は首を傾げる。彼女にはその友達というのが、何なのか、分かっていない様子だった。


「友達って何ですか? 辞書に書かれている友達の意味は分かるのですが、まだよく分かっていません。友情というのも定義が曖昧で抽象的過ぎて……」

「ずっと一緒にいたい存在。って言ったら、分かるかな?」

「しずかさんはわたしとずっと一緒にいたいのですね、分かりました。ずっと一緒にいます」


 !?!?


 夕梨花の表情は無表情なのに、きっと私の頬は真っ赤だろう。無表情が憎い。


 でも夕梨花が愛おしく思えて、触れたい、と思えてちょっとだけ悪戯をしてやった。


 ――手を繋いだ。夕梨花の細くて長い指と絡ませて。強く、強く、力を込めた。絶対、離さないというように。夕梨花の指が折れてしまいそうなほどに。


「これは、何ですか? 普通の手の繋ぎ方じゃないですが」

「?」

「友達でももっと仲良くなりたい人にはこういう繋ぎ方をするの」

「へえ。そうなんですね」


 嘘を教えたが、夕梨花は信じてしまったようだった。


 なんか、この子に嘘教えるの、楽しいかも。信じちゃってるのもなんか初々しくて可愛い。


 ――駅前で夕梨花と別れる。


「さよなら」

「またね! あ、待って!」

「何ですか?」

「キスって知ってる?」

「魚ですか?」

「今度、教えてあげるね!」

「?」


 電車に乗ってからも夕梨花は、「きす、鱚、鱚……?」とぶつぶつひとりで呟いていた。


 一方、私は明日からの日々が楽しみに思えていた。

 椎那と破局したことなんて、すっかり忘れていた。


「夕梨花、可愛かったなあ……」


 呟き、私は眠りに就く。








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