三又

スズキナモカ

三又

数ヶ月ぶりに外の空気に触れた。

いつのまにか秋が終わっていて、私は季節外れの服装を赤と緑の電飾にぼんやり照らされながら歩いていた。

すれ違う人の息遣いが聞こえてくるほど狭い路地。気温も低く、音がよく聞こえてくる。


かなり遠くから、ゆっくりと、一定のリズムで大きくなっていく音が2つ。いや、3つ。

こんな時間だから思考もおかしくなって、私は三本足の化け物を想像した。

変にディティールにこだわる癖があって、親指はどうなっているのだろうだとか、股関節の形についてだとか、そんなことばかり気にしていた。

もし本当に化け物だったとしても、私はその足を観察している間に喰われるだろう。

それも悪くないと思った。


実際にはそんなことはなく、視界にはうっすらと老人の影が浮かんできた。百五十センチもないその影は左手に杖を携え、それは地面に着く度に弱々しく震えた。助けを乞うているようにも見えた。

「わたくしはこの老体を1人で支えております。重くて、重くて、仕方がないのです。」


「もうすぐ楽になりますよ。」

私は不謹慎ながら心の中でそう返事をした。


五つの音が夜道に混ざって溶け合う。昼ではこんな感覚を覚えないのに、夜とは不思議なもので、雑音でさえ風情を帯びる。

無秩序なリズムで構成された曲はついにクライマックスを迎えた。

老婆を横目に、私はもう一度杖に言う。


「近く、死にますから。」


背後の足音が消えるまで、先のやり取りを頭の中で繰り返した。ぼやぼやした声が脳を行き来する。3本目の足は脆く、救いを求めながらただ時間が過ぎるのを待っていた。それはもうすぐやってくる。

老婆も老婆で不穏な雰囲気を感じた。目は虚ろで、口を開けても何を言うわけでもなく再び口を閉じる。それの繰り返し。

彷徨っているという表現が1番しっくりくる。それなのに、行き着く先は死と決まっている。

あてもなく放浪しても、例外なく死に辿り着く。


生きるも老いるも死ぬも自分の選択次第な気がして、少し気分が落ち着いた。


私は家を出た時と同じ心持ちで歩み始めた。

もう一度、最初から。

全てをなかったことにして。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

三又 スズキナモカ @suzukinamoka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ