そぞろがき
入江ヨウ
胃液と祭囃子
午後7時32分、部屋をとびきり暗くして、近所の神社から聞こえてくる祭囃子にくらくらとしながら、これを書いている。真っ暗で狭い部屋の中、煌々と輝くノートパソコンのディスプレイへと向き合い、ぱちぱちと音を立てながらキーボードを打ち込んでいると、何て言うのか、自分はこの世で一番の物凄い馬鹿なんじゃないかって、時々真剣に思ってしまう。
近頃、急激な寒暖差にやられたのか、元々弱い自律神経がいよいよもって弱まっている気がする。今晩は特に、立っていると眩暈がし、だからと言って寝そべってみても、絶えず胃液が上がって来るので不快極まりない。仕方ないので立って歩き、口内に溜まった唾液ごと洗面台のシンクに吐き出して、ついでに備え付けの鏡で顔を確認すると、幽霊みたいに真っ白な顔をしている自分と目が合い、げんなりする。瞼が下がってトロンとしていて、今にもぶっ倒れそうな面をしている。
再びベッドに戻ってくると相変わらず祭囃子が煩わしくって、それはもう堪らない程なんだけれど、いざ横にさえなってしまえば、もう胃液がこみ上げる以外の理由じゃおいそれとは体が動かないのでどうにもならない。勿論、体が平気でも抗議になんか行けやしない、無論、そんなことしたいと思うことすらないんだが、もう、なんだろう、なんでだろう、浄化でもされているのかなと思うぐらいには、具合が悪い。神社の祭囃子で浄化されるって、あるのかな。あるかもな。
とか何とか愚痴って居たら、突然祭囃子がストップした。さっき聞こえた威勢のいい男性の掛け声があったが、あれが終了の合図だったらしい。近辺の往来には静けさが戻り、代わりに車の通る音や、遠くで救急車のサイレンが鳴っているのが聞こえてくる。恐ろしいことに気分も大分良くなって、いよいよ自分が不浄の幽霊であることに信憑性も増して来た。
そしてふと自身の体内に、何も食いたくない気分とぼんやりとした空腹感とが同居している事に気が付いた。こういう時は、何でもいいから食っておくべきなのかもしれない。とはいえ、そんなに都合の良いものも持って居ない。出前でも取るかと思ったが、掛かる金を思うとつい尻込みしてしまう。
そうして気を取られている内に、祭囃子が再開した。マジか。
そぞろがき 入江ヨウ @yirie
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