散々協力してきた異世界転移勇者に婚約者を奪われましたが、僕は幸せに暮らしています

四条奏

本文

「―――レオス・ハンドロス伯爵令息、貴様も勇者と共に魔王討伐に出陣せよ」


「仰せの通りに」



 魔王討伐のために国王が勇者を異世界から召喚し、勇者御一行が王都を後にしてから一年。


 世界を闇に染めようとした魔王は勇者リョウマ・サカミネの手によって討伐された......。



 正直、ここまで長かった。



 この世界のことを何も知らない勇者に剣術や生活の仕方を教えるのみならず、勇者一行が泊まる宿の手配、食料や生活必需品に武具の買い付け、挙げ句の果てには料理まで!


「レオス、この馬車乗り心地悪いから別のにしろ」

「レオス! 飯早く持ってこいよ」

「レオス〜肩揉んでくれ」


 ありとあらゆる場面で僕は勇者のために身を粉にして働いてきた。


 でも、そんな僕の心が折れなかった最大の理由は僕をそばで支えてくれる婚約者のエーレがいたからだろう。


 エーレはロミナス公爵家の令嬢で、僕には似合わないほど美しく、品のある女性だ。彼女と婚約すると言った時には身分差も相まって相当苦労したのだが、僕と彼女との“愛の力”を破ることは誰にもできなかった。


 王都に帰還したら、正式に結婚する。


 その約束を果たせる日が目の前まで来ているのだ。

 


「リョウマ、王都が見えてきたからせめて服装くらいは整えてくれ」


 高級貴族が乗るような大型の馬車に、僕とエーレを含む勇者一行の計6人が乗っている。


 僕が子供の頃読んだことのある本では、勇者は馬に跨って自由気ままに冒険を楽しむ物語があったのだが、彼らはまるで違う。


 ダラシない勇者リョウマとガサツな剣士ロイド。いつもそのふたりの尻拭いをしている僧侶のマリナ、そして勇者パーティ以外と誰とも話さない魔法使いイルス。


 この一年間移動はだいたい馬車だったし、イルスに至っては馬を操れないからと僕と二人乗りをすることもあった。


 ......そんな生活も今日でおさらばだ。


「こらリョウマ! レオスの言葉が聞こえなかったの? 襟正して!」


 マリナは本当にすごいと思う。こんな奴らの世話、国王からの命令でなければ僕なら三日で辞める自信がある。


「わかったから、エーレさんよろしくお願いします」


「はいはい」


 エーレもエーレだ。リョウマに甘すぎる。

旅の途中で注意したのだが『勇者様はこの国のために戦ってくれているから、私にできることはなんでもしなくちゃ!』とまるで聞く耳を持たなかった。




 そうこうしている間に馬車は城砦王都マリゾナの外門をくぐる。


「勇者様! ありがとう!!!」

「武勇伝を聞かせてくれ!」


 魔王を倒した勇者の凱旋ともあって、市民の熱気は凄まじいものになっていた。馬車に向かって花束を投げる者もしばしば。


 ......この馬車高いんだからやめてくれ。


 対する勇者は気だるそうに窓から手をふり返すだけ。


 いや、手をふり返すだけマシか。


「おいイルス。なぜ床に寝そべっているのだ!」


「だ、だって......顔見られるの恥ずかしいじゃないですか」


 まあいつものことか。こいつ、魔王戦でも得意の透明魔術で顔だけ透明にして戦ってたし。



「勇者リョウマ・サカミネ、僧侶マリナ・ナカガワ、剣士ロイド・ユース、魔術師イルス・シマス。よくぞあの邪智暴虐じゃちぼうぎゃくの魔王を倒してくれた。これで世界に平穏が訪れるであろう。これをたたえ、勇者一行に爵位をじょする」


 荘厳な王宮の大広間で、勇者一行の活躍を記念する祝賀会が行われている。


 参列している貴族は王国の国民なら誰もが知っている方ばかりで、こんな大層な方々の視線の片隅にでも自分がいるのがやけに嬉しかった。


「国王陛下の悲願、達成できたことを大変嬉しく思います。今後も王国が発展するのを心から願うばかりです」


リョウマは国王の前にひざまずき、祝賀会が始まる数分前にギリギリ覚えた台詞を読み上げる。


 ......特に詰まることもなかったし、及第点といったところかな。




 その後は勇者一行の各々に叙された爵位と感謝が書かれた賞状を国王から受け取り、祝賀会は記念のパーティーへと移り変わる。



 一応僕の家は百年続くそこそこ由緒正しい貴族だというのにたった一年、それに魔王を倒しただけの異世界人が僕より上の侯爵位を叙されたのは少し複雑な気持ちだった。


 確かに魔王を倒したのはすごいが――。


 まあいいか! 勇者はもう僕には関係のない人たちだし、エーレとの楽しい結婚生活を考えれば僕のプライドなんて大したことない。



 ......にしても、エーレはどこだろう?



 パーティーが始まって早々、イルスが消えたのは分かった。剣士のロイドはお酒を飲んでくたばってるし、マリナは若くて人当たりが良いため貴族たちに囲まれている。


 リョウマの姿も...見当たらない。


 何か嫌な予感がする。いやいや考えすぎだろう。僕も話し相手を探しに行こうか――?!


「レオス、話がある」



「なぜ......リョウマの隣にエーレがいるんだ」


 いつのまにか僕の後ろに立っていたリョウマの隣には、俯いてリョウマと腕を組んだエーレがいた。


「エーレ、なんの真似なんだい? どうしてリョウマと腕を組んでいるんだ......」


「レオス、俺がっ」


「黙れ! 僕はエーレに聞いているんだ!」


 なんだろうこの感情。僕は今悲しいのかな、それとも怒っているのかな。


 突然叫んだためエーレは萎縮して顔が見えないほどに俯き、近くで話していた貴族たちが僕たちを中心に集まりだしている。


「黙っていては何もわからない! 答えてくれよ......エーレ」


 体裁を気にするなんて、今の僕にはそんな余裕はなかった。


「私...リョウマくんと結婚することにしたの。だから......レオスとの婚約を解消したいの」


 嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ。


 夢ならさめてくれよ......。魔王を倒したのも夢の中での話でいい、だから頼む。


 エーレを僕から、奪わないでくれ。


 自分の頬を一滴、二滴と涙が溢れていく。


「おいおいリョウマ、そりゃ〜ねえんじゃねえか?」


「そ、そうだよ......エーレさんはレオスと婚約してるんでしょ。ここまでよくしてもらって、恩を仇で返すようなことはダメだよ...」


 並々とお酒を入れたグラスを持ってきたロイドと、どこからか聞こえてくるイルスの声。


「勇者様が伯爵殿の婚約者を奪ったのか」

「あんな若造に、侯爵位なんておこがましいだろ」

「いったいエーレ嬢に何を吹き込んだんだ」


 それに集まっている貴族たちもエーレを僕から奪い、18歳という若さで“侯爵となった”勇者にいい感情を抱いてはないらしい。


「うるさい! もうこれは決めたことだ。レオス、もういいだろ?」


 リョウマの味方をする者は誰もいない。


 エーレはリョウマの後ろでじっとしている。


「エーレ、まだ間に合うよ。今こっちにくれば僕は君を、リョウマも咎めたりはしないから」


 リョウマと話す意思はもうない。


 僕に侯爵を裁く力はないし、正直エーレさえ僕のもとに帰ってきてくれればあとはどうだってよかった。



「おいおい、せっかくの祝賀会で何を騒いでおるのじゃ」


 騒ぎを聞きつけてか、やってきたのは国王陛下とエーレの親であるロミナス公爵。


「国王様、お聞きください。勇者様が我が婚約者であるエーレを、私から奪おうとしているのです!」


 ふたりを味方につけるのに十分な理由だろう。こう言えば悪いのは全てリョウマであり、エーレに不貞の疑義はかけられない。



「何がいけないのじゃ?」



 え?


 国王の一言で、場が凍りついた。


「いや......ですから、勇者様が僕の婚約者を――」


「だから、その何がいけないのじゃ? 勇者が欲しているのなら、それを与えるのが貴様の務めではなかったかの?」


 確かに勇者一行が魔王討伐に向かう前、僕に課せられた国王の命令は勇者が欲しがるものを与えよというものだ。


 でも、もう魔王討伐は済んだはず。それなのにどうして僕が...しかも婚約者を勇者に渡さなければいけないのだ。


 幸い、まわりの貴族は国王の言葉に顔をしかめている。つまりは僕の味方。


 押し切れる。エーレを取り戻せる!


「しかし国王様、もう魔王はおりません。僕が勇者様に付き従う理由はありません!」


「お、往生際が悪いぞ! レオス卿、陛下が仰った通り君はエーレとの婚約を破棄しなさい」


 予想外だった。


 僕とエーレの婚約を最初から応援してくれていたはずのエーレの父親、ロミナス公爵が盤面をすべてひっくり返した。


 公爵閣下がエーレとの婚約を破棄するよう言った途端に、僕の立場はもうない。


 貴族たちも黙って散らばっていく。


 僕とエーレの関係は完全に終わったのだ。


 これ以上僕が騒げば、きっと家族ごと辺境の地に飛ばされるのだろう。


 よく考えてみれば、エーレとの婚約なんて僕には不相応なものだった。


「それじゃあレオス、今までお疲れさん」


 僕の肩をポンポンと叩いたリョウマはエーレを連れて王都を一望できるテラスへと消えていく。


 もう、誰も僕に話しかける人はいなかった。


 ......帰ろう。



 大広間を出ていく途中マリナと目があったが、彼女は僕にあわれむような視線を送るだけだった。



 祝賀会から数日。


 エーレとリョウマの結婚パーティーが再来月には開催されるというのだから、あのカップルがどれほど祝福されているのか僕にでもわかる。


 あの日以来僕の担当政務は滞り、会わなければいけない人とも体調不良と嘘をついて誰にも会っていない。


 父と母は僕を必死に慰めてくれたが、無理な慰めはむしろふたりがエーレと僕の婚約に固執していたことを知らしめた。


 コンコンコン


「レオス様、お客様がお見えです」


 今日は誰とも会う予定はないはず。


「帰らせてくれ。僕は体調不良だ」


 人が弱っている時に......空気の読めないやつめ。


「マリナ・ナカガワ様ですがよろしいのでしょうか?」


 なぜマリナがここに? はっ。まさかリョウマの幼馴染だから無礼を詫びに来たか。


 それとも、エーレとリョウマの披露宴にくらい出席してくれとでも言うつもりか。


「帰らせろ! 不愉快だ」


 今更、奴らと話す気はない。


 僕の人生をめちゃくちゃにしてくれた勇者一行なんて......さっさとくたばってしまえばいいのに。





 それから二週間、マリナは毎日のように僕の家へと足を運んできた。


 何が彼女をそこまでさせるのか、僕には到底理解できない。


 今日は朝から雨が土砂降りだ。


 さすがに今日は......


 コンコンコン


「レオス様、マリナ様がお見えです」


 どうして? なぜ来るんだ?


 マリナが精を出すのは間違っている。精を出すべきなのはリョウマの方であって、貴女は何もしていないではないか。


「......雨が止むまで屋敷の中で待たせてやれ」


「承知しました」



 コンコンコン


「ねえレオス、入ってもいい?」


 マリナの声。僕の部屋の前にいる。


「ダメだ」


「そっか......じゃあ扉の前にいるね」


 彼女の寂しげな声色、一年間一緒に冒険をして初めて聞いた。


「マリナ、君はどうして僕のもとへ来るんだ? 罪滅ぼしのつもりか?」


我ながら酷い質問だと思う。でも、どうしても知りたかった。


「......正解。リョウマのこと許してなんて都合のいいことは言わないけど、私は謝りたくて」


 彼女の返事は清々しいほどに直球だった。


「君が謝ることじゃない。そもそも、君はリョウマに甘すぎるんだよ」


 マリナにあたっても意味がないのはわかっている。わかっていても、言うしか選択肢がなかった。


「そうだね。私はリョウマに辛くあたれない」


「それは君がリョウマの幼馴染だから?」


 しばらく沈黙が続いた。


「......半分正解」


「もう半分は何?」


 聞いて何になるのだろうか。今更このふたりの関係について知ったとしても何の役にも立たないのに。


「私ね、リョウマのことが好きだったの」


「そう...だったのか」


 確かに、リョウマとマリナの関係は少し変だった。でもそれは、幼馴染由来の独特な信頼関係に基づいているものだとばかり考えていた。


「リョウマはさ、知っての通り普段はあんなだけどいざって時に頼りになるんだよ」


 もちろん知っている。リョウマの生活習慣や人への気遣いは控えめに言って終わっていた。しかし、モンスターを目の前にしても逃げ出さない胆力と、背中から溢れ出す力強さは決して他者に真似できないものを持っている。


 考え直してみれば、エーレがリョウマに惚れるのもわかった気がした。


 到底納得はできないが。


「マリナは、このままでいいのか?」


「私はね、フラれたんだよ。惨めでしょ? 今まで散々気にかけてたのに、一年間一緒にいただけのエーレさんに負けたんだよ」


「......それは僕も同じだ」



「ふふふ」「ははははは」


 堰を切ったように僕もマリナも笑い出す。




 どのくらいふたりで笑っていたのだろうか。気がついたら、雨が止んでいた。


「そろそろ帰るか?」


「うん...ねえレオス、また来てもいい?」


「ダメ......じゃない。来て欲しい」


「じゃあ、また来るね」



 そう言って、マリナの足音がだんだんと遠くへいく。


 それと同時に埋めかけていた心の穴が、またぽっかりと空いたような気がした。



 あの雨の日から、僕とマリナの不思議な関係は続いている。彼女と話している間は空いた穴を塞げている気がしてとても心地がいい。


 最近は僕の部屋にマリナを入れて、ふたりで珍しい紅茶やお菓子を試してみるのが楽しかった。


 他愛もない話しかしなかったが、エーレとはできなかったような腹を割って話ができることに満足している自分がいる。


「ねえレオス。私ね、元の世界に帰ろうと思ってるの」


 突然だった。だがそうか。マリナとリョウマは元々別の世界にいたわけで、元の世界にも彼女の暮らしがあるわけだ。


「方法が見つかったのか?」


「うん。イルスがずっと研究してくれてて、ようやくその目処がやったの!」


 マリナはとても嬉しそうだ。それにあの魔法使い、やっぱりすごいんだな。


 でも、僕の中で何かマリナの帰りを喜べない僕がいた。


 引き止めてしまいたい。きっとそれが本音だ。しかしそれは僕の勝手で、彼女に押し付けるべきではないのだというのもわかる。


 わかっている。


「......寂しくなるな」


「そう...だね」


 時計の針の動く音だけが部屋に響く。



 この生活に終わってほしくない。

 もっとたくさんマリナと話したい。

 マリナのことを......もっとよく知りたい。


 マリナがいないと、僕は生きていけない。



「マリナ! 僕の側に、これから一生ずっといてくれないか?」


 無理は承知だった。

それでも! ここでマリナを止めなければ僕はきっとエーレを諦めた時よりも後悔する。


 マリナの頬を、一筋の涙が伝った。


「え...やめてよ......今日は泣くつもり全然なかったのに」


 マリナは手の甲で涙を拭うが、止まる気配はない。


「虫がいい話なのはわかっている。マリナは僕を必要としないと思う。でも僕は! マリナを必要としている! 君がいないと僕は生きていけない」


 もう後戻りはできない。この関係がどっち道終わりを迎えるのなら、せめて自分の後悔が残らない方を選びたかった。


 何度も鼻をすするマリナ。


「バカぁ......自分の気持ちばっかじゃん。私の気持ちを勝手に決めつけないで!」


「ごめん。それでも――」



「その気持ちはレオスだけじゃないよ。私だって、レオスと一緒にいたい......」


 瞳いっぱいに涙を溜めたマリナは、私を見つめてそう言った。


「マリナ!!!」


 僕は力一杯マリナを抱きしめる。


「レオス...痛いよ」


「ごめん。嬉しくて」





 僕とマリナの関係が世間にバレたのは、ふたりの間に初めて子どもを授かった時だった。


 リョウマとエーレの結婚式も、国王陛下の即位の儀も、大事な行事は全部ふたりで一緒に参加したのに不思議でならない。


 バレた時も、別に祝福されたわけではなかった。


 でもきっと、僕にはこれが似合っている。マリナと一緒にいられれば、どんなことでも辛くない。


 これからもふたりで。いや、これからは三人で幸せを噛み締めていくのだ。


 〜fin〜

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散々協力してきた異世界転移勇者に婚約者を奪われましたが、僕は幸せに暮らしています 四条奏 @KanaShijyo

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