第85話

 シャンドラは膝にかけていた手を離すと、髪を洗うための石鹸を泡立て始めた。どうやら諦めてくれたようだ。彼が本気を出せば、セナの膝なんて容易く割られていただろう。そのくらい、腕力の差は歴然としている。黒装束を纏っているときのシャンドラは細身に見えるが、裸身にはしっかりとした筋肉が付いていた。戦うための男の肉体だ。二の腕は盛り上がり、腹筋は割れている。それから、天を衝く中心もとても……立派なものだ。

 セナはそっと目を逸らした。

 シャンドラの雄芯はなぜか、屹立している。

 どうして、欲情しているのだろう。

 本人は全く気に留めていないようで、平然としていた。

「それでは髪を洗いますので、椅子に背を付けてください」

「あ、はい」

 起こしていた体を、椅子の形に添わせて仰向けになる。いつも髪を洗ってもらうときのように、やや顎を上げた。

 ところがシャンドラは、セナの体に覆い被さるようにして、黒髪に手を伸ばす。足場が必要なためか、彼の強靱な膝はセナの足の間に突いていた。

「えっ? ちょっと、待って、この格好……」

「動かないでください。泡が目に入ってしまいます」

 通常は、召使いが椅子の頭側に立って洗うものだ。

 けれど人によってやり方が違うのかもしれない。特にシャンドラはラシードに命じられたから入浴の手伝いをしているだけで、他人の髪を洗うことには慣れてはいないのかもしれない。

 制されたので、セナは暴れるのをやめて手を下ろした。

 わしゃわしゃと泡の付いた掌で、髪を洗われる。意外にも丁寧で繊細な洗い方だった。

 頭皮に触れる手の感触で、シャンドラの掌は想像よりずっと大きいのだとわかる。

「……手、大きいんですね」

「武器を握るので、掌が肉厚になるんです」

「そうなんですか……。短剣は結構重いのですか?」

「短剣の重量自体はさほどでもありませんが、握力がないと弾き飛ばされてしまうので、しっかり握るのは基本です。クナイを投げるときは握力より腕の力が必要になります」

「クナイって……なんですか?」

「東洋の飛び道具です。柄のない小さな短剣と考えてください」

 戦いのための訓練など行ったことのないセナには、新鮮な会話だった。しかもシャンドラは特殊な武器を使用するらしい。

「それを使って……暗殺するんですか……」

「アサシンは暗殺稼業の者もいますが、それだけが仕事ではありません。特にトルキア国は統治体制が整っているためか、諍いが少ないので暗殺の依頼自体がないかと。この国では要人の護衛が主になります」

「そうなんですか……。それを聞いて、ほっとしました」

「なぜです」

 シャンドラはふと顔を傾けた。

 互いの顔は唇が触れてしまいそうなほどに近い。

 シャンドラは肘と膝を突きながら器用にセナの髪を洗っているけれど、彼の強靱な胸が重なり、腿には猛った楔が押し当てられている。この体勢は正常位を彷彿とさせるので、恥ずかしい。

「シャンドラに、暗殺なんてしてほしくありませんから」

「……そういうものですか」

 セナは頭皮を撫でられる心地好い感触に目を閉じた。

 けれど、シャンドラはいつまで経っても泡を洗い流してくれない。もうそろそろ汚れも落ちた頃合いではないだろうか。

「あの……シャンドラ」

「なんでしょう」

「いえ、なんでもないです……」

 恥ずかしい……腿に、熱いのが当たってる……

 意識すれば、かぁっと頬が火照ってしまう。

 そのとき、唇を柔らかいもので塞がれた。

「んっ」

 なんだろう。

 薄らと目を開けると、熱の籠もった漆黒の双眸に間近から見つめられていた。

 シャンドラに、接吻されている。

 驚いたセナは腕を上げて、強靱な肩を押し戻そうとした。

 けれど、びくともしない。上から覆い被さられているので、全く身動きが取れなかった。

「んっ、ん、んぅ」

 ちゅう、と雄々しい唇に吸われた。その甘い刺激に、びくんと腰が跳ねる。快感に緩んだ肉環から、とろりと淫液が溢れた。

 少し唇を離してセナの顔を窺ったシャンドラは、ふっと口端に笑みを刻む。

「可愛いです」

「……え」

 彼の笑顔を初めて見た。その表情は、年相応の青年らしい無垢な笑顔で、常の無表情よりずっと血肉の通う人間らしさが感じられた。茫然と見上げていたセナの体から力が抜ける。

 その隙に、ぐいと片手で腰を持ち上げられた。弾みで閉じていた足が開いてしまう。

 体を密着させたシャンドラは、驚きのひとことを放つ。

「挿れますね」

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