第83話

「……んっ」

 カーテン越しに薄く射し込む陽の光に、薄らと瞼を開く。

 辺りを見回したセナは、ここが寝室だと理解した。

 淫蕩な舞踏会は七晩続けられた。セナは毎夜アルファたちから愛撫を施され、失神するまでラシードに抱かれて、精を注ぎ込まれた。気を失うたびにラシードが寝室まで運んでくれるのだが、ラシードは政務が忙しいためか、セナが目覚める頃にはすでに寝台を出ている。

 それもそのはずだ。舞踏会は朝方まで続けられるので、セナが目覚める時刻には陽が高く昇っている。こんな時間までラシードが寝台にいることはない。寂しさが胸を過ぎるけれど、目覚めるまで一緒にいてほしいなんて我儘を言ってはいけない。

 兄の代わりに、かけられていた毛布をぎゅっと抱きしめる。ラシードの残り香を胸いっぱいに吸い込んだ。

 ふと、セナは下腹の淫紋を見下ろす。

 淫らな舞踏会は七晩も繰り広げられたけれど、セナがちらりと見た限り、淫紋は端のほうが少々動いたかなといった程度だった。

 非日常的な舞台にとても昂ぶり、充分に快楽を感じたのだけれど、儀式のときのように淫紋を動かすには至らなかったらしい。

 ラシードとハリルが、セナの独占を賭けた勝負は、ひとり七日間ということだった。

 つまり、今朝でラシードの七日間は終わってしまったのだ。

「兄さま……呆れちゃったのかな」

 淫紋が動かなかったことに、ラシードは失望しただろうか。

 あんなにも豪華な舞踏会を開いてくれたのに、淫紋を動かせなくて申し訳なかった。とはいえ、セナの意思で動かせるわけではないのだけれど。

 落胆して肩を落としていると、室内に人の気配がした。召使いの少年だろう。

 だが、さらりと薄布のカーテンが開けられたことに、セナは驚いて顔を上げた。

 召使いはこのカーテンを開けることを許されていない。ということは、ラシードが様子を見に来てくれたのだ。

「兄さ……、あ……」

 けれど、弾んだ声音は瞬時に収められる。

 セナを見下ろしていたのは、ラシードではなかった。

 漆黒の装束を纏い、銀髪を煌めかせた男。

 ファルゼフの護衛官である、シャンドラだった。

 シャンドラはすぐに膝を突くと、瞬きもせずにセナを漆黒の瞳で見つめる。

「おはようございます、セナ様。王より、セナ様を沐浴して差し上げろという命を言いつかっております」

「ラシードさまが……? シャンドラが、僕の入浴の手伝いをしてくれるということですか?」

 体を洗うなら、召使いにしてもらえるのだけれど。

 なぜ、わざわざシャンドラがやってきたのか疑問に思う。

「そうです。俺が、セナ様のお体を洗います」

 射貫かれるような強い双眸で、一語一句言い聞かせられる。

 まるで、宣戦布告である。

 試合で見かけたときと同じ黒装束を身につけた彼は、戦いは得意そうだが、入浴の手伝いをするようなイメージは皆無だ。

 なんだか、怖い……

 セナは寝台を尻で後ずさる。

 怯えた目を向けたセナに、シャンドラはようやく瞬きをひとつした。

「俺が怖いですか」

「あの……本当に、ラシードさまが?」

「もちろん、ファルゼフ宰相を通していますけどね。俺は護衛官という地位ですが、ファルゼフ宰相は俺の兄なのです。王も無論ご存じです。宰相の弟なので特別な任務を与えられることも多々あります」 

 ファルゼフとシャンドラは兄弟なのだ。全然似ていないが、ラシードとセナも髪の色が同じこと以外は全く違った性質なので、兄弟とはいえそんなものかもしれない。

 シャンドラは説明しながら、ばさばさと黒装束を脱ぎ捨てていった。下穿きも脱いで、全裸になってしまう。

「あの……何を?」

 驚いているセナに、彼は両手を掲げ、舌も出して見せた。

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