第76話

 仮面を付けられれば、この羞恥も和らぐのかもしれないのに。裸の上に素顔なのはセナひとりだ。セナだけが特別なオメガであると、ラシードは位置づけたいのかもしれない。

 アルファたちも仮面を装着しているが、服は各々の正装を身につけていた。

 セナとラシードのふたりだけが素顔で、あとの者は皆、仮面で踊っている。

 見知らぬ者が目にすれば、仮面と裸のオメガたちで彩られたこの舞踏会は異様な光景だろう。

 すい、とセナの手が掬い上げられた。

 手首を飾る黄金の鎖が、しゃらりと玲瓏に鳴る。

「さあ、セナ……踊ろう」

 ラシードに誘われ、輪の中央に歩み出る。

 招待客のアルファとオメガたちは二人一組になり、華麗な円舞を描き続けていた。

 向かい合わせになり、互いの手を組む。ラシードの空いた片手は、セナの腰に回された。

 やや頤を上げて、漆黒の双眸を見つめる。

 ラシードの優しげな眼差しは、セナだけに注がれていた。

 誘われるままに足首を踊らせ、ステップを刻む。

 くるり、くるりと回るたびに、身につけた黄金の鎖は音高く鳴り響いた。そのたびに、セナのささやかな花芯も密やかに揺れる。

 シャラン、シャラン……

「愛しい、私の弟……」

 ふいに呟かれた熱の籠もった台詞に、どきりと胸を弾ませる。

 セナは潤んだ翡翠色の瞳で、愛する兄を見上げた。

「僕もです。愛しています、兄さま……」

「私が、どんな男でもか?」

「もちろんです。どんな兄さまでも、僕の心が変わることはありません」

 どうしてそんなことを訊ねるのだろう。毎晩ラシードと愛を交わしているのだから、彼の知らない面などあるわけがないのに。

 ラシードは口端に意地の悪そうな笑みを刻む。

 常に王としての威厳を崩さないラシードが、そんな表情を見せてくれるのも、セナにだけだ。

 繋いだ手をラシードの口許に引き寄せられる。ちゅ、とセナの手の甲に、くちづけを落とした。

 身内の舞踏会ではあるけれど、王が乞うような仕草を公の場で見せたことに、セナは驚きを隠せない。

「そんなこと、いけませ……あっ」

 ふいに繋いだ手を掲げられ、その手が離される。

 勢いで体勢を崩してしまったセナだが、その体は背後にいたアルファの紳士に、しっかりと抱き留められた。

 腰を抱かれて、くるりと向き合わされ、紳士に手を取られる。

 そのままセナは紳士と踊る。ラシードは踵を返して、座っていた椅子に戻った。

 周囲に目を向ければ、円舞の内側を回っているオメガたちは横に移動して、別の相手と踊っていた。そうしてパートナーを替えながら踊るのが、この舞踏の流儀のようだ。

 今宵は僕のために開かれた舞踏会なのだから、懸命に踊らなければ……

 セナは音楽に合わせて腰を揺らし、腕を伸ばす。そのたびに黄金の鎖と宝玉は、明かりの下で煌めきを零した。背を反らせれば、シャラリと広がった鎖がまるで羽根のように躍る。 その躍動に、セナと踊っていた紳士が仮面の向こうで双眸を眇めた。

 腰を抱いていた手がするりと這い下り、柔らかい尻肉をきゅっと掴む。

「あっ……」

 動いた拍子に偶然手が触れてしまったのだろうか。

 そう思ったのも束の間、仮面の紳士はもう片方の手でセナの腰を引き寄せると、いやらしい手つきで尻肉を揉み始めた。

「あ、あぁ……やめて……」

「なんと柔らかな尻だ。入念に揉んで差し上げましょう」

 衣服を身につけていないので、触れようと思えば容易に体をまさぐられてしまう。

 発情の兆しを見せるオメガの体は、淫猥な愛撫にふるりと腰を震わせた。

 男の掌がやわやわと尻を揉み、撫で回すたびに、シャラシャラと金の鎖は喘ぎ声代わりに鳴り響く。

 一瞬、奏でられていた曲が途切れた。

 それを合図にして、オメガたちは一斉に身を翻す。円舞の内側は大きく動いた。

 セナを愛撫していた男の手は離れ、華奢な裸体は隣の男へと預けられる。

 再び麗しい音楽が宮殿に流れた。

 尻の愛撫から解放されたことで、セナはほっと安堵の息を吐く。

 だが、新たに踊る相手の男は、セナの胸に手を這わせてきた。

 尻への愛撫で勃ち上がりかけていた乳首は、少し触れられただけで、すぐにつんと硬くなってしまう。

「あ……」

「もうこんなに硬くして。淫らな乳首を摘まんであげましょう」

 きゅうっと指先で摘ままれ、快感を得た体の奥に熱が灯る。

 セナは思わず、高い嬌声を上げてしまった。

「ひゃあっ……ん、ん……」

 慌てて掌で口を塞ぎ、椅子から円舞を眺めるラシードを見やる。

 ゆるりと座席に凭れたラシードは、笑みを浮かべながらこちらを見ていた。

 もしかして……

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