第68話

「わあ、すごいすごい! やっぱり槍が強いよね!」

 イスカは大喜びで手を叩いた。

 勝った槍騎士は誇らしげな顔で、籐椅子に座るセナに目を向ける。

 セナが惜しみない拍手を送ると、槍騎士は深々とこちらに向かって礼をした。

 そのように礼を尽くすべきと定められているわけではないのだが、彼のようにセナに向けてアピールする騎士には、とある特徴があった。

 彼らは皆、淫神の儀式に参加したアルファたちなのだ。

 アルファの中から特に能力の優れた者が選別された儀式の参加者は、騎士団員から多くが選ばれた。

 セナも、もちろん彼らの顔を記憶している。

 奉納の儀では体に群がるアルファたちから濃厚な愛撫を施されて、ひとりひとりの肉棒を突き入れられ、喘がされたのだから。

 一度関係を持った相手とその後も顔を合わせるのは、なんとも気恥ずかしくて気まずいものである。

 ただ、そのように気にしているのはセナだけかもしれない。

 儀式に参加できることは大変な名誉だそうなので、彼らは一様に誇らしげに胸を張り、セナを前にするとまるで下僕のように傅くのだ。

 セナとしては儀式での己の痴態を思い返してしまうので、騎士団の面々に会うたび羞恥に見舞われるばかりである。

 こっそり頬を染めるセナの隣で、ハリルはイスカを諭した。

「槍だから強いってわけじゃないぞ。武器よりも力量の問題だ。実際の戦場では地形が最重要になる。狭い廊下で槍を振るうわけにはいかないからな。その場合は短剣がもっとも有利になる」

「そうなの? だってハリルさまも槍騎士だよね。おれもハリルさまみたいな、槍騎士の騎士団長になりたい」

 ハリルは沈黙した。

 イスカはまだ小さいので、純粋に将来の目標を口にしただけなのだが、彼はトルキア国の王位を受け継ぐかもしれない身である。

 神の子として生を受けたイスカには、職業を選択する自由は今のところないに等しい。

 セナは緊張を滲ませて、ハリルの答えを待った。

「おまえな、俺のようになりたいなんて百年早いんだよ。槍騎士は高身長と豪腕であることが必須だ。どうしても槍騎士になりたいって言うんなら、さっさとチビを卒業しろ」

 明るく言い放つハリルに、ほっとしたセナは肩の力を抜いた。イスカは唇を尖らせてみせる。

「そんなの、わかってるよ。大きくなれるように、たくさんごはん食べてるよ」

「だったら、まずは副団長の戦いを見ておけ。俺の次に強い槍騎士だからな」

 闘技場に目を向ければ、副団長のバハラームが槍を構えていた。

 彼も儀式の参加者である。ハリルよりも年上で、茶目っ気のある副団長だが、一流の槍の使い手だ。

 ハリルが試合に参加しないので、優勝はバハラームだろうと予想できた。

「バハラーム、がんばれ~!」

「がんばれ~!」

 イスカとアルが応援すると、バハラームは片眼を瞑って手を挙げてくれた。

 すぐに試合は始まるかと思ったが、対戦相手が現れていない。何やら審判たちが協議を行っている。どうしたというのだろう。 

 審判のひとりがテントに走ってきた。彼はハリルの傍に膝を突く。

「騎士団長に申し上げます。参加者のひとりが棄権したのですが、急遽代打に出たいと申し出ている者がおります」

「代打か。誰だ?」

「それが……外部の者で……」

 すい、と黒い影が目の前を過ぎる。

 セナが瞬きをしたとき、その男は眼前に跪いていた。

 聞き取れないほどの低い声音が、風に舞う砂を縫って紡がれる。

「シャンドラと申します。ファルゼフ宰相の側近を務めています」

 頭を下げたシャンドラという男の風体に、一同は沈黙で応えた。

 彼は漆黒の衣装を纏い、髪は眩いほどの銀髪だ。

 銀髪の者はトルキア国にはいないので、異国の民なのだろう。体にぴたりと添う形の漆黒の服は異様に目に映る。そのような格好で暑くないのだろうか。

「ファルゼフの部下か。新参者だな。その装束から察するに、暗殺術の使い手か?」

 セナはシャンドラに初めて会うが、彼はおそらくファルゼフの私的な護衛官なのだろうと推察できた。シャンドラの装束は王宮の衛士のものとはかけ離れているからだ。宰相ともなれば、護衛には信頼のおける身近な者を指名してもおかしくはない。もちろん側近と名のるからには、王からの承認は受けている。

 だが、ハリルの問いにシャンドラは答えようとしない。彼は顔を上げようとしないので表情は窺い知れなかった。

 焦れた審判がシャンドラを怒鳴りつけた。

「おい! 騎士団長が訊ねているのだぞ。さっさとお答えせぬか!」

 不思議なことに、シャンドラが跪いているのはセナの前だ。まさかセナを騎士団長と思っているわけはないだろう。試合に参加したいのなら当然、騎士団長であるハリルの意向を伺うべきである。

 シャンドラはようやく、ぼそりと答えた。

「……手の内は明かさないものなので」

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