第61話

顔を真っ赤にして俯いているセナは、ぎゅっとローブの裾を握りしめる。

 その様子から、執務室で何があったのか、ラシードには察せられてしまうだろう。

 ラシードは黙して様子を眺めていたが、やがて冷淡な双眸をファルゼフに向けた。

「会話だけで済んでいないようだな」

「はい。セナ様から儀式以来、淫紋が動かないとのご相談を受けましたので、無礼を承知で下腹部を拝見させていただきました。陛下もご存じのとおり、セナ様はすでに四年間懐妊されておりません。安定した王位継承のためには御子様を三人は産んでいただくことが将来のために必須であります。懐妊から遠ざかっているのは、淫紋が動かないことと関連があるのかもしれません。そこで、一片たりとも淫紋は動かないのかと確認を取りました」

「ほう。それで、淫紋は動いたのか?」

 ラシードは平静さを保っているが、その気配は刃を交わすかのように怜悧だ。

 兄さまは、怒ってるんだ……

 唇を震わせるセナはラシードを恐れた。

 王であり、つがいでもあるラシードの知らぬところで、他のアルファに抱かれそうになっていただなんて、彼の面目を潰す行為だ。どんな誹りや罰を受けても文句は言えない。

 ファルゼフは平然として、ラシードの問いに答えた。

「動きました」

「なんだと? まことか」

 驚きの声を上げたラシードは眉を跳ね上げる。セナも目を見開いて、ふたりを見上げた。

 最中は感じてしまい、下腹の様子をつぶさに観察していたわけではなかったので、淫紋が動いていたとは全く知らなかった。

「ただし、一ミリ程度ですが」 

「……見間違いではないのか?」

「いえ。私の目に狂いはございません。セナ様が快感を強く感じられたとき、わずかに淫紋は動きました」

 ファルゼフは強い光を宿した双眸で、ラシードを見返した。彼には絶対の自信があるようだが、たとえ事実だとしても、一ミリ程度では誤差のようなものだ。

 セナは、がっかりとして肩を落とす。

 ファルゼフの双眸を厳しい目で見据えたラシードは、重々しく言い含めた。

「虚言ではないようだな。よかろう。私が指名した宰相の言うことを信じよう」

「恐縮にございます」

「ひとつ言っておくことがある。私の許可なくセナに触れるな。ファルゼフが王家の血を引いていることは無論承知している。そなたにも野心はあるだろう。だが、行動を起こす前に私の承諾を取れ。今回のことは、淫紋を動かした功績を讃えて不問にする」

 ファルゼフは己の野心のためにセナを強引に抱こうとしたのだ。

 ラシードの言葉で、セナは薄らとそのことを理解した。

 もしセナを孕ませて子が産まれれば、ファルゼフは揺るぎない地位を得られるかもしれない。将来の国王の父となれば、没落した家も再興できるだろう。

 そういった野心についてセナは是非を唱えられないけれど、ラシードの言い分としては、許可さえ取れば容認しても良いというような見解だった。

 ファルゼフは床に平伏して王への忠誠を示した。

「ありがたき幸せ。今後は陛下の承諾を必ず得ます。わたくしの地位も命も、もとより陛下の掌中にございます」

「わかっていればよい」

 ラシードは軽く手を振る。立ち上がったファルゼフは部下を伴い、部屋を退出した。

 扉が閉められて、執務室には静寂が満ちる。

 部屋にはラシードとセナのふたりきりになった。

 ラシードの纏うカンドゥーラの衣擦れの音が鳴り響き、セナはびくりと肩を跳ねさせる。

 温かくて大きな掌が頬を包んだ。

 その熱と感触に、驚いたセナは顔を上げる。

「あ……」

「なんという顔をしているのだ、セナ」

 心配げな表情を浮かべるラシードに間近から覗き込まれる。

 自分はどんな顔をしているというのだろう。顔が赤くなっている自覚はあるのだけれど。

 ふと目線を落とせば、ラシードは長椅子に座るセナの足元に跪いていた。

 たとえ室内に誰もいなくとも、王が跪いたりしてはいけないのに。

「いけません、ラシードさま。王が膝を折ったりしては……あっ……」

 慌てて立ち上がろうとしたセナは均衡を崩してしまう。倒れそうになった拍子に、ラシードの力強い腕に包まれた。

「んっ……」

 ぎゅっと抱き竦められて、濃密な雄の香りに包まれた。

 セナの体の芯が、きゅうと甘く引き絞られる。

 ひくりと戦慄いた蕾の奥から淫液が滴り、腿を伝い落ちていく。

「あ……兄さま、兄さま……」

 腕を回してラシードの逞しい背に縋りつく。

 今は離れたくない。ぎゅっと抱いていてほしい。

 ゆっくりとセナの体は押し倒されて、長椅子に横たえられた。

 ラシードは大きな掌で、セナの額に落ちかかる髪を掻き上げる。

「熱はないようだが……まさか、発情しているのか?」

「んん……ごめんなさい、兄さま。僕……感じて……」

 体が熱くてたまらない。息が浅く忙しい。体の奥から淫液は止めどなく溢れてきていた。

 淫紋が、熱い。

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