第58話

 ファルゼフはごく冷静に淫蕩な内容を質問する。

 セナの頬は朱を刷いたように染まった。

「あの……その……」

「わたくしは事実を正確に伝えてほしいと願っています。この国の未来のために」

 彼は宰相として事実を確認するために聞いているのだ。決してセナを辱めるために淫らな質問をしているわけではない。

 そう解釈したセナは赤くなりながらも、正直に答えた。

「感じてます……」

「どの程度ですか?」

「……すごく」

「喘ぎ声は出ますか?」

「……出ます」

「どんなふうに?」

「……えっと……」

「いつものように喘いでみてください」

「え。ここで……?」

「そうです。今、ここで」

 ファルゼフを見やれば、彼は数学の公式を説いているかのように平静そのものだ。恥ずかしがるセナの感覚がおかしいのかと思ってしまう。

 仕方ないので、セナは小さな声で、寝台での自分の喘ぎを再現した。

「あ……あ……、とか」

「感じているとは思えないほど棒読みですね。本当にそのような喘ぎ声なのだとしたら、淫紋が動かないのも納得できます」

 酷評されてしまった。実際はもっと大きい声が出ている……かもしれないけれど、ここで正確に喘ぎ声を再現する意味があるのだろうかと疑問に思う。

「再現するのは難しいです。普段から自分の喘ぎ声を意識して聞いてないですよ……」

「そうかもしれませんね。体のほうはどのように感じているのでしょう。腰は動きますか?」

「……動きます」

「どんなときに?」

「えっと……愛撫されたときとか……」

「具体的に仰ってください」

 もっとも腰が動くのは、絶頂を極めたときだ。銜え込んだ雄芯をきつく引き絞りながら、がくがくと腰を上下させている。

 ……と、口にするのはとてもじゃないけれど憚られる。

「絶頂のとき……です」

 省略して説明すると、ファルゼフは小さく嘆息した。

「まあ、いいでしょう。儀式のときと、感じ方は違いますか?」

 何が、まあいいのだろうと思ったが、セナは一連の淫神の儀式を思い出した。

 まだ初心だったセナはわけもわからず奉納の儀に出ると、複数のアルファの男たちに抱かれて精を注がれたのだ。そのあとの受胎の儀では、ラシードとハリルから交互に抱かれて、最後の夜は三人で絡み合った。

 どの儀式でもとてつもなく快楽を感じて、乱れ、喘いだ。

 もう五年ほど前のできごとなので、今と感じ方が違うかと問われてもよくわからない。

「どうでしょう……。わかりません」

「それもそうですね。どのように感じているか、明確に言葉で説明するのは難しいでしょうから」

 それでは今までの質問はなんだったのだろうと、セナは首を捻る。

 席を立ったファルゼフは、セナの傍へやってきた。

「質問するよりも、確実な方法がありました」

 鋭い双眸でセナを射貫くと、彼は足元に跪く。

 節くれ立った掌が、膝にかかる薄いローブを捲り上げた。

「え……あの……?」

 男の熱い体温が膝に触れて、どきりとする。セナが身を引くと、その分ファルゼフは身を乗り出して距離を詰めてきた。

「わたくしに淫紋をお見せください。見ないことには、何もわかりませんからね」

「あ……でも、下腹にあるので……」

 ローブを捲り上げて下腹を晒せば、花芯まで見えてしまう。膝から腿へと這い上がる男の不埒な手を、セナは押し留めた。

「構いません。医師には診せるでしょう。それと同じことです」

「それは、そうですけど……」

 医師は診察という目的を持って、他意なくセナに触れる。それに、ふたりきりでということは一切ない。傍には医師の助手と召使いが必ず控えている。

 ファルゼフの言動にはなぜかいやらしさが垣間見えるので、セナも無駄に警戒してしまうのだ。

 ファルゼフは濃い紫色の双眸で、一心にセナを見つめた。トルキア国の人には珍しい紫の瞳だ。

「わたくしは、セナ様に忠誠を誓っております。決してあなた様に不快な思いはさせません」

「……わかりました」

 そこまで言ってくれるのなら、彼を信じないわけにはいかない。疑うほうが悪いだろう。

 セナは押し留めていた自らの手を、そっと離した。

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