第57話

「アルとイスカにも? でも、ふたりの勉強についてではないんですよね。なんでしょう……」

 首を傾げるセナの答えが出るのを待つわけでもなく、ファルゼフは静かに問いかけた。

「セナ様。王子様がたはおいくつになられましたか?」

「ふたりとも、四歳になりました」

「ということは、セナ様は王子様がたが産まれてから四年間、懐妊していないことになります」

「ええ……そうですけど」

「医師の報告によりますと、お体は健康で今後も子を産むのに、なんの支障もないそうです。ただ定期的な発情期が訪れていないとのことですが、初めからセナ様はゆっくりと発情される体質だそうなので、これが懐妊から遠ざかっている原因とは一概に言えないでしょう」

 ファルゼフの言いたいことがわかったセナは唇を噛んで俯く。

 次の子を産んでほしいということなのだ。

 毎夜のようにラシードとハリルに愛されているのに、一向に孕まないのはなぜだろうと思わなかったわけではない。大臣からは次の御子様をという声が上がっているのも知っている。 けれどラシードとハリルは何も言わないし、王子たちもまだ小さくて手がかかるので、自然に任せていたのだ。

 きっぱりと、ファルゼフは言い放った。

「セナ様、どうか懐妊してください。トルキア国のためにも、御子様を三人は産んでいただきたい」

「そう言われても……アルとイスカがいますから、無理に子を産まなくてもいいのではありませんか?」

 ファルゼフは大仰に目を瞠った。セナの発言が信じられないことだと、衝撃を受けたようだ。

「何を仰います。あなた様はこの国でただひとりの神の贄なのですよ? 神の子を孕めるのはセナ様しかいないのです。一般家庭とは異なります。考えてもみてください。もしも、アルダシール殿下とイスカンダル殿下の双方がオメガであったなら、王位は空席になってしまいます。そうなれば我こそは王と名乗る者により、血で血を洗う争いが起きてしまいます。それを避けるためにも、御子様は多いほうがよろしい」

 トルキア国では、王となる者は儀式によって産まれた神の子のアルファでなければならないと決められている。オメガであれば、王のつがいとして神の贄になる。

 子がたくさんいれば王や神の贄の候補は増えるだろう。

 けれど、世の中はままならないものである。ラシードは神の末裔という地位だが、王の嫡子なので王位を継ぐことができた。それも彼がアルファゆえである。

 アルとイスカの三種の性はまだ不明だ。大人になるまでわからない。

「あの……僕としては、神の子だとかそうでないとか、三種の性にかかわらず、王子たちのやる気や特性を生かしてあげたいんです。ふたりで協力してトルキア国の王位を継いでほしいですし、もしふたりが王になりたくないと言うなら、才能のある人に王を任せるだとか、そういう方法を取るのがみんなの幸せのためによいかと……」

 セナの考えを言い終える前に、ファルゼフはもはや呆れた顔をしていた。

 この馬鹿者めと言いたげな半眼で、セナを見下ろしている。

「セナ様の自由奔放なお考えはよくわかりましたが、法律や伝統というものは簡単に変えられるものではありません。皆の幸せのためと仰るのでしたら、最低でも三人の御子様を産んでください。それこそがトルキア国の未来のためになります。それとも、御子様を産みたくない理由でもあるのですか?」

「そんなことはないです。できるなら産みたいです。ただ……僕はふつうの女性とは違う体ですし、特異な体質のオメガなので……」

「それはそうでしょうとも。懐妊しない原因について、思い当たることはございますか? 陛下とハリル殿には毎晩精を注がれていますよね」

 ファルゼフに閨のことを知られているのは当然かもしれないが、はっきり指摘されると羞恥が込み上げる。

 セナは赤く染まった顔を俯かせながら、ぼそぼそと喋り出した。

「思い当たることは……あります」

「なんですか? 包み隠さず、お話しください」

「あの……実は、淫紋が、動かないんです」

 セナの下腹に刻まれた赤い蔓のような淫紋は、初代国王の代から脈々と受け継がれたものである。淫紋の一族と呼ばれた王族の腹には、必ずこの淫紋があったという。 

 だが時を経た現在では、淫紋が刻まれているのはセナひとりになってしまった。

 淫紋は体が快楽を感じると、生きた蔓のように蠢いて、快感をより増幅させる効果がある。淫神の儀式のときには、この淫紋が動くほどイルハーム神に快楽が捧げられるという重要な意味があった。

 けれど、儀式を終えたときから、淫紋はちっとも動かなくなってしまったのである。

 それは儀式が終了したからだろうと、セナは軽く考えていた。

 もし、淫紋が動くことと、懐妊が連動しているとしたら。

「神の手と同じ紋様といわれる淫紋ですね。儀式では生き物のごとく蠢いたという報告を聞いています」

「それが……儀式が終わったら動かなくなってしまったんです」

「動かないとは、常に、まったく動かないということですか?」

「え……ええと……」

 抱かれている最中にずっと観察しているわけではないので、一片たりとも動かないと自信を持って言えない。実はセナが見ていないところで、ほんの少し動いているのかもしれない。「淫紋と快楽は密接に繫がっているそうですから、動かないということは、男根を挿入されて擦られても、まったく感じないということですか?」

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