第37話

そこは王宮にある図書館だ。司書がひとり机に向かっていたが、セナが入室すると平伏して奥へ姿を消す。

広大な図書館を見上げれば、天井はドーム型に造られており、華麗な装飾が彩っている。壁際に設置された書棚は天井に届くほどの高さで、そこかしこに長い梯子がかけられていた。ドームのステンドグラスから射し込む光で館内は明るい。セナは早速目的のものを捜そうと梯子を登った。

ここに、先代の儀式の様子が綴られた記録がないだろうか。

それを調べれば、神の贄のその後も分かるかもしれない。

王国の歴史に関する本を片端から読み漁っていく。

トルキア国の領土はその昔、数多くの領主が乱立して戦が絶えなかった。水の少ない砂漠地帯なので、水場争いが至るところで勃発していたからだ。

セナは王国の成り立ちについて書かれた分厚い書籍を開いた。

あるとき、神の子を名乗る男が忽然と現れた。彼が祈りを捧げると砂漠から噴水のように水が吹き出すという奇蹟が起こる。水を恵んでもらおうとした人々に彼はこう言った。

『争いをやめる者にのみ、水を与える』

古代より崇められてきたイルハーム神は豊穣と繁栄、そして快楽を司る淫神。争いばかりしていては神に見放されると男は説いた。

人々は男をまごうことなき神の子と讃え、無益な争いをやめた。

戦わずとも、男が祈りさえすればいくらでも奇蹟は起こり、水を恵んでくれるのだから。

やがて男は初代トルキア国王として君臨した。

廃された領主たちはこぞって王に女を宛がった。娘を妃にして復権しようという目論見である。だが王は誰をも娶らなかった。そして自分の亡き後の王国は、儀式によって産まれる神の子に継がせると定めた。

古代より身分制度は存在していた。王侯貴族、庶民、奴隷である。王はそれぞれアルファ、ベータ、オメガと名称を改めた。子を成せる男のオメガをひとり連れてきて、淫神の儀式を行った。それはイルハーム神の前で快楽を捧げ、性交を行うものだった。やがてオメガは孕み、神の子は産まれた。

最下層である奴隷の子を王に据えるのかという反対意見もあったが、神の贄と称されたオメガの青年の下腹には、イルハーム神と同じ淫紋が刻まれていたという。神の加護を受けた正統な神の子であると王は宣言して、王子に国を託した。

その後、時を経て、初代国王の意志を継いだ王や神官により、儀式の形態は整えられていった。神の贄に選ばれる者は必ず下腹にイルハーム神の淫紋を持つオメガが選ばれた。それはイルハーム神の加護を受けた証であり、神の子を宿せる器という印である。すべては神の系譜を絶やさぬために……。

「へえ……」

セナは神妙な面持ちで本を閉じた。トルキア国の詳しい成り立ちについて初めて知った。初代国王がトルキアを建国したのには、そういったいきさつがあったのだ。

祈りを捧げただけで噴水のように水が湧き出るなんて、まさに奇蹟だ。初代国王は本当にイルハーム神の子だったのかもしれない。現在のトルキア国は沢山のオアシスがあるので水に不自由していないが、それも初代国王のおかげなのだろう。人々が神の子と認めたのも頷ける。

淫神の儀式も、初代国王によって制定されたものだったのだ。

セナだけでなく、歴代の神の贄にはすべて、これと同じ淫紋が刻まれていたことになる。

不思議なことだ。今まで体にこの淫紋や紋様の欠片がある人を見たことがない。だからこそ気味が悪いと避けられていたわけだが、どうしてセナにだけあるのだろうか。それも神の奇蹟ということなのだろうか。

「……あれ。奥にもう一冊ある」

書棚の奥に隠されるように押し込まれていた書籍を見つけた。紛れ込んでしまったのかもしれない。他の本と同じように並べてあげようと腕を伸ばして取り出す。

表紙を見ると、比較的新しい著書のようだ。

「トルキア王家の真実……」

題名が気になり、ページを捲る。

内容は、トルキア国や初代国王に対して否定的な見解が述べられていた。

神の子と名乗る男は祈りで水を出現させたが、男は水脈の位置を正確に知っていた。それを利用して神の子を騙り、領主から国を奪ったのである。簒奪王である彼は自らの一族で富を独占するため、淫神の儀式なるものを考案する。イルハーム神の淫紋が刻まれた青年は、彼の弟であった。なぜなら、初代国王にも下腹に同じ淫紋があったのだから。

「えっ!? どういうこと……」

セナは続きを読み進めた。

その事実は当時の侍従が目にしている。産まれた子らを王と神の贄に分けて地位を与え、淫紋を持つ一族が王位を独占する仕組みである。あたかも神の加護を受けたかのように見せかけて臣下や民を欺いているのがトルキア王家なのだ。

だがその企みも、いずれ破綻を迎える。

第二四代国王は神の贄との間に子を成せず、異国の妃を娶った。外の血が入ったため、第二五代国王ラシードの下腹には淫紋がない。それだけ血が薄れたということである。簒奪王の淫紋を持つ血族は近い将来、砂漠から消え失せるであろう。

「簒奪王の淫紋を持つ血族……」

神の贄は偶然淫紋が付いていた者が選ばれるわけではなかった。淫紋は初代国王の血族が有していたものなのだ。

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