第34話
昼はテラスで抱き潰されたというのに、夜の儀式でもハリルはきっちりセナを抱いて、たっぷりと精を呑み込ませた。
さすがに疲弊したセナだが、ラシードの前で疲れた姿は見せたくない。彼は気にしないかもしれないが、他の男に抱かれてもうお腹いっぱいですなんて恥知らずのように思えるからだ。けれどセナの体を味わえば、どれだけハリルに精を注がれたのか一目瞭然だろう。
それでもラシードは平然として優しくセナを抱いてくれる。決して無理をさせず、快楽を与えて濃い精を体の奥に注いだあとは、きつく抱きしめてくれた。
腕枕をして眠るラシードの端正な面立ちを間近に見て、ふいに触れたいという衝動が込み上げる。セナは手を動かそうとして、あれと首を捻った。
手元を見れば、いつの間にかラシードの大きな手につながれていた。互いの足は絡められている。まろやかな拘束で密着した裸の体は、とても温かい。
この手を振りほどきたくない。セナは男らしいラシードの唇にそっと口づけた。
「……どうした。眠れないのか」
ゆるりと瞼を開けたラシードは低い呟きを漏らす。起こしてしまったようだ。
「申し訳ありません。ラシードさまのお顔に触れたいと思ってしまったのです」
「謝ることはない。セナに口づけられて嬉しい。できるだけ触れていたいからな」
ラシードは鷹揚に許してくれる。しかもセナに触れたいとまで言ってくれる。
セナの胸にある、柔らかい核のような新芽が芽吹いた。
「ラシードさま……。お慕いしています」
気持ちを込めてつないだ手を握り返す。指を絡めてつながれた手は、しっとりと互いの熱に馴染む。
好きという言葉は言えない。昼間はハリルに抱かれて、つい好きなんて口走ってしまったが、その言葉に偽りはなかった。ハリルにも惹かれている自分がいる。
でも今はラシードのことだけを考えて、彼の姿を眸に映していたい。
たとえ儀式の間だけでもいい。ラシードに抱かれて、ほんの少しでも情をもらえることに至上の喜びを見出せた。
セナの額や瞼に口づけを落としていたラシードは、ふいに双眸を眇める。
「昼間、ハリルに抱かれていたな」
「あ……あれは、神の末裔についてハリルさまとお話していたら、いつのまにか……すみません」
ラシードが見ていたとは思えないが、召使いには当然知られている。王に報告することは召使いとしての義務でもある。
「よい。私に咎める権利はないからな。そもそも私が神の子であったなら、ハリルは儀式に不要だった。奴が神の末裔であると己の存在を誇示するのも理に適ったことなのだから」
「どういうことですか?」
ラシードは王なのになぜ神の子ではなく、ハリルと同様の末裔なのかという話は結局ハリルの口からは語られなかった。
ラシードはセナの額に落ちかかる髪を優しく掻き上げながら言葉を紡いだ。
「王族ならば誰でも知っていることだ。いずれセナの耳にも入るだろうから、私から言っておく。私は先代の儀式により産まれた神の子ではない。私の母は隣国から嫁いできた妃なのだ」
「えっ!?」
他国では王と妃の間に子が産まれるのが一般的だ。
けれどトルキア国の王家の場合は、妃の子は神の子と認められない。神の子の、そのまた子であるので神の末裔という位置づけになるとラシードは淡々と語った。
「淫神の儀式は行われたが、贄は子を孕まなかった。それゆえ父王は妃を娶り、私を成したのだ。私はイルハーム神の加護を受けていない王という烙印を生まれながらに背負っている」
セナは驚きに眸を見開く。
ラシードの憂慮の正体は、己が儀式で誕生した神の子ではないという事実だった。
その真実はセナの胸に深い情愛を湧かせた。
ラシードの憂いを取り除いてあげたい。実は神の子ではないラシードを卑下するような気持ちは微塵もなかった。
好きだから。
だから、ラシードを幸せな気持ちにしてあげたい。彼の傷ついた心を癒したい。
「この国は平和です。イルハーム神は充分に加護を与えてくださっています。ラシードさま、どうかご自分を貶めないでください。あなたさまは国を愛するトルキアの王なのですから」
先代の頃より、トルキア国の治政は平和で安定したものだ。他国の侵攻を受けていないし、災害にも見舞われず人々は落ち着いた暮らしを営んでいる。それは先代が崩御してラシードが王になってからも同様だ。イルハーム神がラシードを王として認めているという証に他ならない。
懸命に訴えれば、ラシードはなぜか焦がれるような目をむけてきた。王が見せる憧れにも似た眼差しを不思議に思う。
セナが神の贄だからだろうか。
「そうだな。セナが子を孕めば、私の憂いもなくなる。私たち神の末裔の濃厚な精が合わされば、神の子が産まれてくれることであろう」
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