第19話

奉納の儀から数週間が経過した。

儀式の翌日は寝台から起き上がることもできなかったセナだが、徐々に体力は回復している。けれど冷静になれば、儀式で起きた出来事に苛まれてしまい、鬱々と考え込んでばかりいた。

自分から足を開いて雄をねだり、卑猥な言葉を口にして腰を揺らめかせた。どうしてあんなにも淫らな行為ができたのだろう。これも淫紋の影響なのだろうか。

部屋で寝てばかりでは余計に気が滅入ってしまうので、王宮の庭園を散歩してみる。王宮内は自由に散策して良いという許可を得ていた。

萌葱色の葉を通して降り注ぐ木漏れ日は涼しげだ。トルキア国は砂漠の地なので植樹しなければ草木は育たない。豊かな葉の生い茂る庭園は宝石にも勝る贅沢なもので、優しい緑は心を潤わせてくれる。

けれど心の隙間に射し込むのは、英明なラシードの面影だった。

奉納の儀を最後に、ラシードとは会っていない。王としての職務で忙しいのだろう。

「ラシードさまは、どう思ってるのかな……」

あの狂乱の宴はあくまでもイルハーム神を崇めるための儀式なのだから、ラシードは何の感想も抱いてないのかもしれない。実際に終わったときには、よくやったと褒めてくれた。淫乱なセナを見て穢らわしいなんて思わないかもしれない。

けれど、彼の口から感想を聞いたわけではなかった。でも直接訊ねる勇気はない。

「淫乱になった僕は穢らわしいですか、なんて聞けるわけないよ……」

独りごちていると木陰から召使いが現れて、お茶のご用意ができておりますと告げられた。セナは慌てて口を噤む。

神の贄に指名されてからというもの、いつでも召使いが傍に控えていて着替えや食事の支度など何でもやってくれる。こういった生活は初めてなので未だに慣れない。

木陰に置かれた豪奢な椅子に座り、香りの良いお茶を嗜む。

水盤で水を啄む小鳥を愛でていると、控えていた召使いが素早く平伏した。

首を巡らせれば、純白のカンドゥーラを翻したラシードが颯爽とした足取りでこちらへやってくるのが見えた。

「ラシードさま」

セナの声が輝き、笑顔が溢れる。

会いたかった。ただ、それだけだ。ラシードの顔を見ただけでそれまでの憂いは嘘のように塵となって消えてしまう。

微笑を浮かべたラシードは隣の椅子に腰を下ろす。だが紅茶のカップを差し出そうとした召使いに手を振って断った。長居する気はないようだ。

「体調はどうだ?」

「はい……。もう平気です」

挨拶代わりでもいい。ラシードの気遣いが嬉しかった。彼の発する声音は深みがあり、いつまでも聞いていたいと思わせる。それは小鳥のさえずりを微笑ましく見守る気持ちとは別のところにあった。ラシードがこちらに目をむけて落ち着きのある声をかけるたびに、セナの胸は甘く切なく震える。

「様子を見に来れなくてすまない。儀式の翌日は相当顔色が悪かったようだな」

伸ばされた手のひらが、するりと頬を撫でる。優しい仕草にセナの胸は温まる。

他の男に触れられれば怯えが走るが、ラシードだけはそのように思わなかった。むしろ嬉しくて胸が弾む。セナにとって、初めての男だからなのかもしれない。

「少し体調を崩しただけです。休んだら治ってしまいました」

事実、神殿で手厚く扱われてからは奴隷として食堂で働いていたときよりもずっと体調が良くなった。荒れていた肌は陶器のように滑らかになり、骨と皮ばかりだった体は適度に肉が付いてきた。変わらず華奢ではあるが、これも美味しい食事をいただいて充分な休息や睡眠を与えてもらっているおかげだ。

それに、セナ自身は気づかない変化もあった。

黒髪は濡れ羽のごとく艶めいて、長い睫毛に縁取られた大きな翡翠色の眸は、奴隷のときは澱んでいたが、今は磨き上げられた宝石のように輝いている。唇はふっくらとして紅色に染まり、薄く開かれて白い歯が零れていた。白い喉元と晒された鎖骨は儚さを醸し出すのに、伸びやかな手足は可憐に動く。

さらに快楽を知ったセナの体からは馥郁たる香りが立ち上っていた。それらの要素すべてが蠱惑的に雄を誘う。たとえ王でも魅了されてしまうほどに。

双眸を眇めてセナを見つめていたラシードの手が、頬から喉元に滑り落ちる。

けれど思い直したように手を離して、表情を改めた。

「体調が良くなったのなら申し分ない。次の儀式について、そなたに説明しよう」

はっとしてセナは背筋を正す。

まだ終わったわけではないのだ。また、あのように大勢の男たちに貫かれて精を注がれるのだろうか。

ぶるりと身を震わせるセナの不安を見越したかのように、ラシードは優しい微笑みをむけた。

「安心せよ。奉納の儀は一度きりだ。あの儀式はイルハームへ快楽を捧げるためのもので、いわば神へ伺いを立てる意味合いを持つ」

「そうなんですね」

もう男たちに嬲られることはないのだ。それにやはりラシードは先日の行為を神聖な儀式として捉えているので、他の男たちに抱かれたセナを穢らわしいと思う考えはないようだ。

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