第20話

ほっとしたセナは肩の力を抜く。けれど次のラシードの言葉に、胸がざわめいた。

「本格的な儀式はこれからだ。次は受胎の儀だからな」

「受胎……ですか」

受胎とは、胎児を授かるという意味ではないだろうか。まさかという思いが脳裏を掠める。

ラシードは立ち上がり、セナに手のひらを差し出した。

「詳しいことは後ほど説明しよう。まずは医師の診察を受けてもらう。おいで」

彼の温かい手のひらに自らの手を重ね合わせる。手をつながれて誘われた先は、王宮の奥にあるラシードの寝室だった。以前抱かれたことのあるその部屋には老齢の医師が控えていた。現れたラシードに医師は頭を下げる。

「……あ」

それに、ハリルも同席していた。彼は憮然とした表情で腕を組み、柱に凭れている。

儀式をすべて見られた後なので顔を合わせるのは気まずかった。俯いたセナはラシードに導かれて、王の寝台に寝そべる。丁寧にセナの体を診察した医師は、最後に脱がせたローブを裸身のセナにかけて頭を垂れる。

「どうだ」

なぜかラシードは緊張を滲ませて医師に訊ねた。医師は慇懃に返答する。

「贄さまにおかれましては、発情期の兆候が見られます。現在のところ、妊娠は致しておりません」

セナはローブの前を掻き合わせながら身を起こした。

発情期になればオメガは妊娠する確率が高まる。これまでの儀式では妊娠しなかったようだが、今後の性交では孕む可能性が大いにあるということだ。

そうか、とラシードは笑みを浮かべて鷹揚に頷く。どうやら彼の希望どおりの診断結果が出されたようだ。

「僕……発情期なんですか? 初めてなんですけど、まさか、今まで来なかったのに」

もう二十歳になるが、今まで発情期は訪れていなかった。それがここにきて発症してしまったのだろうか。

動揺して訊ねると、医師は噛み砕くように解説してくれる。

「発情期が訪れる年齢は個人差がございます。発情の程度も人によります。贄さまは特にゆっくりと発情なさる体質なのでございましょう」

オメガは発情すれば、性交することしか考えられなくなるという。セナも発情期に入ったオメガを幾人も見てきたが、アルファを求めて精をねだるさまは、それは可哀想なものだった。けれど自分も既に、そのように変貌してしまったのだ。奉納の儀で淫らに雄を銜え込み、乱れたのだから。

あれは淫紋のせいなのだろうと思っていたが、自分の中にあるオメガの本性だったのだろうか。

「淫紋は関係ないのか? 快楽を感じると下腹の淫紋がうねるんだ」

セナの疑問をハリルが代弁してくれる。医師は首を横に振った。

「神の伝承についてはわたくしは管轄外ですから分かりかねます。ただ淫紋により快楽を得る体質に変化したと考えれば、発情期との複合ということになりましょう」

オメガとして発情期が訪れたばかりか、淫紋により快楽も得てしまうという。確かに男たちに体を嬲られたとき、下腹が熱くなって紋様が蠢くほど快楽は増幅された。最後には心地良さに我を失ってしまった。

今後も、あんな風に淫らな男娼のように乱れてしまうのだろうか。

怖れを抱いたセナの背を支えながら、ラシードは医師に問う。

「発情期が訪れたということは、孕むということだな」

「そのとおりでございます」

ラシードが安堵したことが、彼の手のひらから伝わる。医師を退室させると、ラシードはセナを導いてソファに座らせた。向かいにハリルも腰を下ろす。

「受胎の儀だが、今夜から執り行おう」

力強いラシードの言葉はハリルに告げられたものらしい。

「了解した。早いほうがいい。俺も我慢の限界だからな」

ハリルは即座に同意した。どうやら受胎の儀には、王の従兄弟であるハリルも参加するようだ。

受胎。そして発情期。そこから導かれる結論はひとつしかない。

「あの……僕が、子を孕むための儀式でしょうか?」

決意が秘められたふたりの顔を交互に見遣る。ハリルは可笑しそうに鼻で嗤った。

「当たり前だろう。神の末裔である俺たちふたりに、交互に抱かれてもらうぞ。今夜からな」

「こ、交互に……!?」

驚くセナに、ラシードは平静に向き合った。

「受胎の儀は神の子を孕むための儀式だ。それこそが淫神の儀式を行う真の目的であり、贄としての責務でもある」

儀式により宿すため神の子という名称だが、ラシードとハリルの双方に抱かれれば、どちらかの子を孕むことになる。

ラシードは長い睫毛を伏せた。彼の怜悧な面差しに影が落ちる。

「そしてそなたの産んだ子が、次代の王となるのだ」

「えっ!? そうなのですか?」

「その血脈は初代国王よりトルキア王家に受け継がれてきた。イルハーム神の加護を受けた神の子が王となり、国を守るのだ」

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