第52話

 話しているうちに、言葉尻が窄んでしまい、眦に涙が溜まる。

 改めて私は妊娠したことをひとりで抱えていたのだと実感した。貴臣を煩わせたくなかったという気持ちに嘘はないけれど、たくさん思い悩んだことが脳裏によみがえる。

 溢れる涙を舌先で掬い取った貴臣は、震える私の体をぎゅっと抱きしめた。

「すまなかった。気づいてやれなかった俺が悪い」

「ううん……私は、貴臣の花嫁になることを決意したのだから、あらゆる困難を乗り越えるべきなの。それが、極道の姐御としてやっていくために必要だと思うから」

 伝う涙を辿るように、頰にくちづけを落とされる。

 微笑を浮かべた貴臣は、間近から私の双眸を見つめた。

「困難を乗り越えるなら、俺とふたりでだ。いいな?」

 私は、こくりと頷いた。

 貴臣と一緒なら、この先の人生をともに歩んでいける。純然たる想いが胸に溢れた。

 私は、幸せになれる。貴臣と結婚して、彼の子を産める。

 幸福感に包まれながら、貴臣のくちづけを受け止めた。

 しっとりと唇を重ね合わせたあと、少し離され、吐息の交わる距離で囁かれる。

「好きだ」

 ふいに告げられた言葉に、泣きそうになる。

 つながれた手を、ぎゅっと握り返した私は唇を噛みしめた。

「私も、好き……」

 やっと言えたひとことに、私の極道は柔らかな笑みを見せる。

 貴臣の指先が、さらりと私の髪を梳き上げた。

「おまえを愛している」

 煌めく彼の言葉が、私の胸を輝かせる。

 私も……と言いかけた唇を、また塞がれた。

「わたしも……あい……んん」

 背に回したてのひらで、描かれた虎を撫でさすりながら、私たちは愛情を確認し合った。


 婚約披露パーティーを終えたあと、私たちは穏やかな時間を過ごした。

 そして妊娠した私は臨月を迎え、無事に男の子を出産した。

 産褥期を終えて体調が回復し、母子ともに健康である。出産に立ち会ってくれた貴臣は、赤ちゃんの誕生をとても喜んでくれた。

 そして今日――私たちは結婚式を挙げる。

 紋付き羽織袴を着た勇壮な姿の貴臣の隣に、白無垢を纏った私は楚々として隣に立つ。腕には生後一か月の息子を抱いていた。

 愛する人との結婚、そして子を出産できたことに、感激の涙が零れた。

「葵衣。産んでくれて、ありがとう」

 感謝を述べる貴臣から頰にキスされ、微笑が零れた。

「私のほうこそ……子どもを産ませてくれて、ありがとう」

「ひとり息子で済ませるつもりはないからな。あと三人は子どもを作ろう」

 目を瞬かせる私に、貴臣は傲岸に告げる。

 かりそめ花嫁は終わったと思ったら、これからも私は貴臣に抱かれ続けるらしい。この調子なら、またすぐに孕んでしまいそうだ。

「……私はまたすぐに妊娠してしまうんじゃないかしら」

「いいだろう。俺たちは子どもの頃からの許嫁であり、夫婦なのだから」

 くすりと笑みを零した私は、唇に降ってきたくちづけに応えた。

「私……世界でいちばん幸せよ」 

 キスの合間に囁いた言葉が、眩く煌めく。

 私たちの赤ちゃんは、満足げな顔で小さな寝息を立てていた。

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極上極道と秘密の妊活します 沖田弥子 @okitayako

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