第11話

 今日は一限の世界史の授業が先生インフルエンザの為に休講であった。


 やれやれだ。休講もいいが課題が出たので面倒くさい。椅子に座り、課題のプリントを斜め読みしていると。

「立華、図書室で世界史の課題をしょう」


 零菜が私に後ろから抱きついてくる。しかし、最近の零菜はフレンドリー過ぎて困る。


 仕方がない、零菜と共に図書室で勉強するか。てくてく、と、歩くと、図書室棟に向かうと途中でトイレに行きたくなる。


「零菜、少し待っていて」


 零菜をトイレの前に立たせるとそそくさと済ませて外に出ると。


 あれ?零菜が居ない……。


 辺りを見回すと。図書室棟の二階に零菜が見える。う、出遅れた。私は全力で図書室棟の二階に駆け上がる。


「零菜の意地悪」

「ごめん、ごめん」


 私は零菜に頭の上からポンポンと触ると、零菜は、にゃん、にゃん、と声を出す。

世界史の課題の事など忘れて零菜とじゃれあう、曇り空から晴れる日のできごとであった。

***


 夕暮れの事だった。お風呂場で時間を確認する。もう、こんな時間か……。


 幾戸さんが帰ってくる時間だ。左腕から流れる赤黒い色の液体を拭く。自分で傷つけて、流れ出る液体は二度目の経験であった。


 私が私である証拠を探していたからだ。赤黒い液体が止まった跡を隠すように二階に上がる。


 零菜からデコ自撮り画像が届く。


 何を勘違いしていたのだろう……。私は独りでない。私もほほえむ自撮り画像を零菜に送る。


 それから、私はベッドの上で大きなぬいぐるみをぎゅーとする。こんな私でも幾戸さんにつり合うか考察してみる。


 胸の切なさが増して、幾戸さんに会いたい気持ちが高鳴る。早く幾戸さん帰ってこないかな。


 さっきまで、独りで生きて、独りで死ぬと思っていたのに……。


 う?ガッチャン。


 玄関の開く音だ。幾戸さんに間違いない。私は素直に左腕にばんそうこうを貼り下に向かう。


「幾戸さん、お帰り」

「はい、ただいま」


 幾戸さんは左腕のばんそうこうに気づかない。きっと、傷を丸出しであったら……。


「立華さん、今、夕ご飯を作りますね」


 何時もの時間に何時もの会話。私はキッチンの椅子に座り心癒される。ご飯までの時間、私は庭に向かい花を探す。


 コスモスを見つけ、スマホにおさめる。


「幾戸さん、見て、コスモスだよ」


 私は子供の様にはしゃいで幾戸さんのもとへと戻る。


 今日が今日ならきっと、きっと。


***


朝冷えの季節が訪れていた。私はインスタントコーヒーを淹れて、香る湯気を楽しむ。そう、朝の勉強の時間である。


 しかし、落ち着きがない。


 自撮りした画像を加工するかと、迷っていると時間など直ぐに過ぎてしまう。


 カチカチとアナログ時計だけが音をたてていた。不意に窓の外を見てみると、シーンとした田舎町の景色が広がっていた。


 ダメだ、集中力が落ちている音楽でも聴こう。


 CDプレイヤーを取り出して音楽CDを入れようとすると。


 英語の教材が入っていた。


 私は英語の教材に切れ換えて勉強をする。流れる音楽は単調なものをかけていた。


 もう一口、コーヒーを飲むと愛について考える。選んだ洋書は恋愛小説であった。


 昨日、幾戸さんにスマホで撮ることを頼んで一枚貰った画像を見返す。それは、笑顔の素敵な青年が写っていた。


 切ない……。


 私は勉強にくぎりをつけて、月灯の照る庭に出てみた。


「立華さん、今日は冷えます……季節の廻り廻りを感じます」


 後ろから幾戸さんが声をかけてきた。


「はい……」


 私と幾戸さんは並んで立っていた。二人で見上げる月は半分で綺麗であった。


「幾戸さん、月が出ていますね」


 幾戸さんは私の言葉に少し照れていた。それは、私からの愛の言葉と感じていたのだろう。そう、それは特別の時間であった。


***


 今日は土曜日で何故か予定が全く入っていない。幾戸さんは半日勤務で自室にて読書の様である。


 それは気まぐれであった。


 私は冷蔵庫の中を眺めている。簡単な料理でもしょうかと思ったからだ。


 キャベツにナス、豚肉のこま切れ……。


 豚肉の野菜炒めにしょう。先ずは不慣れな包丁さばきでキャベツを切る。


 それから……。それから……。


 やはり、不慣れなフライパンを握る。いい匂いが立ち込めてきた。


「立華さん、何の騒ぎですか?」


 幾戸さんが二階から降りてきた。どうやら、私は凄まじい色々な音を出していたらしい。


「幾戸さん、大丈夫です。ちゃんと食べられます」


 少し、フライパンから白い煙が出始めたが問題ない。幾戸さんは黙って席に座る。そう、問題ないのである。


「幾戸さん、今日は少し早い夕ご飯を作りました、一緒に食べましょう」


 幾戸さんは静かに返事をして頷く。そうそう、最後に味付けをして完成、私は二人分の皿に盛りつけると。


「さ、食べましょう」


 私は一口食べると……苦い……。


 どこで間違えたのかと深く考察するが不味いものは不味い。でも、優しい幾戸さんなら、きっと文句も言わず食べてくれると安易に思っていた。


「立華さん、お話があります……」


 あれ?幾戸さんが厳しく料理の作り方を話始める。優しい幾戸さんはどこに……。


 次回に料理を作るか迷う夕暮れであった。

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眠り姫の立華。 霜花 桔梗 @myosotis2

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