第10話

 夕刻、幾戸さんが花の苗を買ってきた。花の名前はよく分からないが白い花が咲くようだ。翌日は火曜日、幾戸さんは休みである。


「立華さん、明日、一緒に庭の花壇に植えませんか?」


 高校で自習をせずに帰ってきて欲しらしい。幾戸さんはガーデニングも趣味の一つだ。


 しかし、私は最近、幾戸さんと一緒にいると、顔がほてり、胸が苦しく、ドキドキして同じ空気は吸えないでいた。


「幾戸さん、ごめん……」


 幾戸さんは寂しそうに一人で庭に向かった。そして、花の苗を庭の隅に置くと夕食の準備をはじめる。


 はーあぁぁぁぁ……。


 私は自室で隠れて大きなため息をはく。本当はいつも一緒に居たくてたまらないのに素直になれない。ツンデレなんて可愛いモノではない。私にとっては辛く苦しい感情であった。


 ……。


 気分転換に絵でも描こう。私はスケッチ道具と共に窓の前に座る。その景色は裏山だけが見えるものであった。


 はーあぁぁぁ……。


 落ち着かない、この気持ちは胸が苦しい。私はピンク色を持ち、手が止まる。山並みなんてつまらない。心はピンクの花を描きたい気分だ。恋の花が咲いたと表現できる。


 今、直ぐにでも幾戸さんをぎゅーとしたい。


 この想いは切なかった。


 きっとこれが、本当の恋なのだろう。


***


 ある日


 私は幾戸さんと町の小さな港に来ていた。見上げると天の川を中心に千の星が輝いていた。


「私は星座には詳しくないので、解説はできませんね」


 幾戸さんは小さく呟くと少し幸せそうであった。私も星に見入り、星は手にとどきそうなほど近く感じられ。私は腕を空にのばす。


「幾戸さん、あの綺麗な星を掴めたら、きっと幸せになれるかな……」

「私もそう思います。この星降る夜に幸せを願ったなら、必ず、必ず」


 私の幾戸さんへの想いはピークに達していた。心が痛い、幾戸さんとふれあいたい。


 しばらく腕をあげ、星を眺めていると流れ星が夜空をかすめる。それは、私にとって願い事は無かった。そう、幾戸さんが隣にいるからだ。


 しかし、幾戸さんは少し悲しげな表情になる。


「幾戸さん?」

「ごめんなさい、少し姉の事を思い出していました」


 何だろう?この気持ち……そうか、これが寂しいって気持ちなんだ。私はあげられた手のひらに力を込める。


 ふう~……。


 少し勇気が出た。私は素直になろう。


「大丈夫、今は私が居ます」


 私の言葉に幾戸さんは微笑んで、それから、腕を夜空にのばすと。


 幸せそうになる。


 私はこの瞬間を大切な思い出にする為に、目をつぶり、心を落ち着かせると。静かな港には波の音だけがこだましていた。


***


 私は傘をさし、雨に濡れながら帰路を急いでいた。雨粒が傘に落ちる音は独特の音色を奏で、私を急がせる。うん?幾戸さんからの着信が聞こえる。風が吹きそうなので迎えに来るかの質問であった。私は家が近くのでと断るのであった。それから、腕時計で現在の時間を確認して自販機に寄るか迷う。


 この時期か……そろそろ、ホットコーヒーが飲めるかもしれない。雨の雫が温かい飲み物を欲していた。私は再度、腕時計を確認して自販機に寄る事にした。


 あた、やはり、ホットコーヒーは無かった。


 渋々、甘ったるいジュースを買う。私はイッキに飲み干すと小さめのペットボトルをゴミ箱に捨てる。気分は少し眠たくなったが静かに歩き出す。手に持つにスーパーで買ったインスタントコーヒーを確認すると。幾戸さんにメッセージを送る。


『帰ったらコーヒーが飲みたいのでお湯を沸かしておいて下さい』


 ふぅ~普通のコミュニケーションである。そう、もしもの事である。私がずぶ濡れで帰って来たら幾戸さんは優しくしてくれるであろうか……。


 余り頭のいい考えでないことがよぎる。


 雨の中を歩いているとろくな事を考えないなと実感して、素直に寂しいと甘えたのかと思う。そして、家が見えると傘をさした幾戸さんがいたのであった。


「立華さん、今日は風が出るとの予報、少し心配でした」


 私は幾戸さんに気付かれない様に気合をいれる。優しい幾戸さんの胸に飛び込みたいからであったからだ。


 そして、震える手を押さえて。


「ただいま」

「お帰りなさい」


 雨も日でも平和な毎日であった。


***


 目をつぶれば、そこは雪の世界であった。朝の微睡の中で雪の夢を見た。この町は海が近いせいか雪が少ない。もう、一眠りと再び目をつぶると幾戸さんがドアを叩く。


「はーい」


 私の声に幾戸さんは静かにドアを開ける。なんだろう?幾戸さんの影か薄い。


「幾戸さん?」

「すみません、少しお話をしませんか?」


 今の時間はいつも起きる時より一時間ほど早い。


「えぇ、私は構わないわ」


 それから、私と幾戸さんは今朝の夢について語り有った。二人とも雪の夢である。


 私が綺麗な雪の夢に対して、幾戸さんの夢は雪に埋もれて何もかもが白い世界になる夢であった。


 幾戸さんはおびえて気配が今にも消えてしまいそうであった。きっと、今、告白すれば……。


 私は気合を入れるか迷っていた。


 告白を止めるのか、それとも……。


 そう私の夢は粉雪が舞うものでただただ、綺麗であった。満たされた想いは今直ぐの告白にNOを表していた。


「幾戸さん、この涼しくなる季節は嫌い?」


 幾戸さんは静かに頷く。朝方の風は確かに涼しく快適であるが何か物悲しい。今はあの夏の始めの心躍る想いは無かった。私は幾戸さんの為に気合を入れ。元気な姿を見せる。


 幾戸さんはほんの少し目の輝きが戻り私は安心する。


「コーヒーを入れるね」

「はい、下で一緒に飲みましょう」


 たったそれだけの朝方であった。


***


 体育の授業である。私は零菜と二人で見学です。零菜は私に付き合ってくれたのだ。グランドの隅で座り、走り回る男子を見ていると、私に零菜がゴロンともたれかかる。


「なに零菜?」

「ぐでーんです」


 簡単に言えば女子同士のスキンシップであった。秋の日差しが心地いい暑さで私たちを包み込む。


 例えば友情とか、それとも場の雰囲気での乗りとも感じられた。


 私も零菜にぐでーんをお返しする。先生は走り回る男子に気を取られている。

多分、平和な体育の授業に気持ちが抜けているのだろう。零菜と倒れ合う、私は心を満たされていた。


 やがて、授業が終わり、校舎の前まで行くと。零菜が駆け足で階段を登ると。四階の窓から手を振る。少し、零菜はエネルギーが余っているようだ。


 私は両手の親指と人先指で四角を作り、零菜を見上げる。四角の中の零菜はスマホで撮る時の様に固くなる。


「カシャリ、零菜の今、撮った」


 零菜も指で四角を作り。


「私も!」


 曖昧な青春に、曖昧な授業終わりであった。


***


 私は朝、微睡から覚め、大きなクマのぬいぐるみをぎゅーとしていた。どうすれば幾戸さんにぎゅーと出来るか考えていた。寝ぼけたふりをしてぎゅーとなのか、それとも言葉を添えてぎゅーとなのか、段々と明るくなる窓の外を見ながら考えていた。


 そもそも、告白でなく言葉を添えてのぎゅーとは無理がある。私はクマのぬいぐるみを抱きなから、下の部屋へと向かう。


「おはよう、幾戸さん」

「はい、おはようございます」


 私は朝の挨拶を幾戸さんしても落ち着きを取り戻せないでいた。


「どうしました?」


 幾戸さんの言葉に私は困っていた。


 ……。


 そうだ!


「幾戸さん、このぬいぐるみを抱いてみて」

「はぁ」


 幾戸さんは不思議そうにクマのぬいぐるみを抱く。私は幾戸さんが抱いているぬいぐるみを抱き締める。近づくお互いの顔……。


 幾戸さんが驚いていると。


「少しこのままでいて、私の寂しさが満たされるまで」


 幾戸さんは顔を上に向け照れ臭そうにしている。幾戸さんの身長って高いな、顔を上に向かれると少し寂しいよ。幾戸さんの吐息を感じられた。そして愛が満たされた気分になり元気な私の復活だ。


 私は幾戸さんから離れて、今日の始まりだと思うのであった。


***


 町外れにある神社に来ていた。しかし、参拝が直ぐに終わり暇であった。狭い町なので零菜を呼ぼうと思う。スマホを取り出して適当にメッセージを送る。その後、境内の入り口にある自販機でコーヒーを買う。


 うん?ぴっぴっと何か鳴る。


 当たり付自販機であった。しかし、ハズレであった。神社のある自販機なのにハズレとは縁起が悪い。


 私は参拝客に『自販機のお茶どうですか?』と、宣伝をする。言葉とは不思議なもので声に出してみると、お茶を買うお客さんがいる。


「なにやっているの?」


 零菜がやって来た。


「ま、暇つぶし。零菜も買う?」


 普通に自販機の飲み物をすすめる。零菜は渋々、お茶を買う。それから、ふたを開けてお茶を飲む。


「お茶ってシンプルな味だよね」

「零菜、おみくじ買おうよ」


 おみくじも箱に入った自販機である。私と零菜は共に末吉であった。このおみくじ自販機にも当たりハズレがある。大吉だけのおみくじないかなと二人で思うのであった。


***


 今日は朝、早く起きたので髪を洗う事にした。お風呂場で全裸になり、お湯を出す。この季節は暑からず寒からず。紫外線による髪の痛みも消え調子も抜群であった。髪にお湯をあて洗い始めると。


 スマホが鳴る。


 お、と、と……。


 今は我慢と髪の洗う事に専念する。どうせ、零菜くらいしか連絡はない。シャンプーを終えてコンディショナーを洗い流すとスマホのあるリビングに行く。


 手にして確認するとやはり零菜であった。スマホを持ち返事を考えていると。幾戸さんの視線を感じてそちらを向くと、驚いた様子でいる。


「立華さん、裸、裸」


 うぁ!!!


 やってしまった。髪を洗い全裸のままでリビングに来てしまった。私は急いでお風呂場に戻る。お風呂場に戻ると、赤面した顔が鏡に映るのが見えた。


 なんて、ザマだ。


 ドキドキなんてものでもない凄まじい感情だ。私は膝を抱えてパニックっていると。幾戸さんからメッセージが届く。


 そう、言葉とは不思議なもので、幾戸さんからの謝意の言葉で落ち着きを取り戻す。返事を送信と……。


 私はもう少し素直になれたらなと、もう一度、幾戸さんからのメッセージを見るのであった。


***


 私は朝、昇降口に続く階段に腰かけていた。すれ違う生徒の表情は硬く疲れている様子で、皆、下を向いていた。


「立華、元気している?」


 零菜だ、特に零菜を待っていたわけでもなく。昨日の疲れを教室まで持ち込みたくなかったからである。


「私も立華の隣に座る」


 零菜が人懐っこく私の隣に座る。私の座る横にもう少しスペースをあけてもいいかと思うのであった。


 少しすると、零菜のシャンプーであろう、香りが私の鼻をくすぐる。やはり、二人で昇降口の前に座ると、目立つのか視線を感じる。


「零菜……そろそろ、教室に行こうか?」


 私の本来の目的である疲れを癒すのは無理だと悟り、零菜に声をかける。


「え~、立華ともっとラブラブしたい」


 意味不明であるが、零菜に悪意は無いようだ。私は少し意地悪な笑みを浮かべ、零菜に顔を近づけてスマホで自撮りする。バッチリ、零菜とのツーショットが撮れた。冷めた視線を感じるが関係ない。そんな事をしていると、横切る女子生徒にメッセージ着信の音がする。


『もう、寂しやがりさんなんだから……』


 と、独り言が聞こえる。恋人か友達かよくは分からないが嬉しそうな顔をする。


「立華~、更に元気が出て来たみたいだから、いこっか」


 私は頷き零菜と共に歩きだす。


 秋なのに暑い日々が続く、ある日のことだった。

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