第9話

 日差しが部屋に差し込み、朝である事を感じさせると……。


 夢を見た……子供の頃の夢だ。


 それは、ただ空き地で遊ぶものであった。名前は立華と友達らしき人に呼ばれていた。


 立華、立華……。幾戸さんに付けて貰った名前のはずなのに。そしてコールドスリープをしている私に意味のある夢か判断が出来なかった。私は頭をかきながら部屋を出て階段を降りていく。


「立華さん、どうしましたか?」


 幾戸さんの声だ、いつもの朝より一時間も早く起きてしまったからだ。


「幾戸さん、私は元気だよ」

「朝ご飯の支度はもう出来ていますよ」


 少し話がかみ合わないが問題は無いようだ。私はキッチンで幾戸さんの前に座ると。


「立華さん、今日はなにか立華さんが幼く感じます」

「え~幾戸さんはロリコンなの?」

「はい、子供は大好きです」


 ふぅ、幾戸さんが純粋に子供好きでロリコンと言う意味でないことは明らかであった。


「で、どんな感じに幼く感じるのですか?」


 幾戸さんは私を見て目を細めると


「髪の毛が爆発していますよ」

「えーなんで早く言ってくれないの、幾戸さんの意地悪」


 私は直ぐに洗面所に向かった。あぁ、やってしまった、これは洗い直しだ。ホント変な夢に感謝だ、これでいつもの時間に起きていたら大変なことになった。


「立華さん、ご飯にします?」

「ごめんなさい、今、忙しい」

「はい、わかりました」


 私は裸になり髪を洗い直す。いつもは寝ぐせ直りぐらいですむのだか今日は洗い直した方が速い。


 そう言えば昨日のスマホの占いで『遅く寝るのが吉』と出ていた。きっと髪が渇くまで遅く寝ればこの様な状態にはならなかったはずだ。


 でも、私に『幼い』と言っていた時の幾戸さんの幸せそうな目はなんだろう?


 私との間に子供でも欲しいかの様な語りかたであった。結婚か……幾戸さんとできたならいいな……。


***


 雨の昼下がりのことである。独り部屋で勉強をしていた。幾戸さんは郷土資料館で仕事である。私は零菜にメッセージを送る事にした。内容は思いついたのに言葉にするのに苦労していた。


 私は砂時計を取り出して置く。重力の法則によって落ちる砂は今日の天気の様に静かであった。音も無く流れる砂は気分を落ち着かせる。


 メッセージの内容がようやく書けた。


 送信と。


 しばし、休憩、私は気分転換に趣味で集めている宝石の代用品のガラス玉を取り出す。赤、青、白、ワインレッド……。


 沢山あるがまだ物足りない。アクアブルーの色が欲しい……。


 ネットの通販サイトを見るがアクアブルーのガラス玉はない。


 不意に三人称単数って何のことだっけと疑問に思う。長く英語の勉強をしていると簡単な疑問が生まれる。三人称単数、読んだ通りか。


 うん?零菜が来たようだ。


 そう、私の部屋に呼ぶメッセージをうったのだ。


「立華、約束通り麻婆豆腐の材料を買ってきたよ」


 料理の苦手な私は零菜に教えてもらうのだ。


 そして……。


『フレフレ、第一回、麻婆豆腐選手権!』


「立華、楽しい?」

「ただの、気合入れだよ」


 私は料理が苦手なので教える方の零菜はへこんでいるので、私は気合を入れるのである。料理指導が始まると、零菜の指はピアノを弾くようになめらかな包丁さばきで動いている。きざまれる野菜に目を奪われていると、動きなよと怒られる。


「いや、だから、なのに」と、言い訳をする。

「ところで、英語は何故、三人称単数が特別なの?」


 今時は小学生でも知っている質問を零菜にする。


「もう、立華のイジワル!!!」


 勝った、そんな事を思う昼下がりであった。


***


 今日は幾戸さんと山奥の川原に来ていた。夏から月日が流れても暑さは変わらなかった。少しだけ足を流れる水につけて冷たさを感じる。心は童心に帰った様に高鳴る。


「幾戸さん、幾戸さんも入りなよ」


 笑顔で河原から見守る幾戸さんに声をかける。


「独りにしてごめんなさい、私は怖がりなので川遊びは少し遠慮です」


 幾戸さんらしい断り方だ。そして、私は全身ずぶ濡れになるか、それとも川遊びを終えるか迷っていると。


「立華さん、お昼にしませんか?」


 風の音と共に聞こえた言葉であった。今なら、素直になれる気がして……。


「幾戸さん、私、私ね、生きていたいの、だから、だから……」


 もう、一言で告白が出来そうであった。相変わらず、幾戸さんは笑顔で見守ってくれている。


 自然と涙が流れ茫然としていた。私は泣きながら川から出ると。


「立華さん?」

「暑さが、暑さが終わりそうなので、センチメンタルになっていただけなの」


 私の言葉に幾戸さんは手を差し伸べてくれる。


「ご飯にしましょう」


 幾戸さんは罪深い。この気持ちがそう言っていた。幾戸さんからおにぎりの包みが渡されて静かに開ける。


 梅と鮭のおにぎりであった。おにぎりは塩味がきいて美味しかった。


***


 朝、私が起きると熱っぽく咳が出ていた。出かける前までの支度をして幾戸さんに挨拶をする前である。しかし、かなりのダルさであった。これは無理は良くない。


「幾戸さん、風邪気味で咳がでるの、学校を休んでいい?」


 幾戸さんは優しい声で、自分で決めるようにと言った。そう、私の不注意で風邪をひいたのだ。


 簡単にまとめると、体育の後に汗で濡れた体操着をいつまでも着ていたからだ。


「幾戸さん、頬に手をあてて……」


 私は幾戸さんにおもいっきり甘えてみることにした。幾戸さんは静かに手を置き、幾戸さんの手のひんやりとした感覚が頬に伝わる。


「熱があるようです、休んだ方が賢明かと」


 幾戸さんの言葉に頷き学校を休むことにした。


「部屋で休みますね」

「はい、後でリンゴでも差し入れます」


 優しい幾戸さんに、私の愛が熱をあげる。切ない……風邪のけだるさを忘れさせるくらい切なかった。着替えてベッドに横になるがドキドキが止まらない。


 幾戸さん……私に愛を下さいと心の中で願う。


 それから、いつの間にか眠りに落ち、気が付くと。机の上に綺麗に皮がむかれたリンゴがあった。


 私は切られたリンゴを口に運ぶと新鮮な味がしみわたる。


 今日は幾戸さんに甘えてしまった……でも、嬉しい……。


 私はベッドに戻ると横になる。天井だけが視界に入り、まどろみを感じる。


 そして、今日は幸せだったと呟くのであった。


***


 私は授業中に図書室にいる。本の香りなか図書室は独特の匂いがする。


 昨日は治りかけの風邪に体育に数学の小テストと忙しく、今日は図書室で休みに来ていたのだ。


 本棚から数冊、机に本を並べるが読むきがしない。そう、けだるい、私の体は睡眠を求めている。


 うん?


 零菜からのメッセージが届く。内容は『授業を休んで何処にいるの?』だった。


 私は短く返事を返す。う、ぅ、スマホを手にしていたが体が重い。


「立華、一緒に休みに来たよ」


 零菜が元気よくやって来る。


「わぁー立華は読書をするのだね、私は本が苦手でね」


 私の前の読まない本を見て零菜が関心をしている。


「医学系推理小説だけど、読む、私は疲れ気味で読む気が起きないの」

「えぇー無理。頭の切れる立華でも難しいなら、絶対無理」


 零菜の言葉に今日は休めとの事かと思い、この先の授業に出ない事にする。


「零菜、トイレ行くけど一緒に行く?」

「私、ここでゴロゴロしていたい」


 つれない友達だと首を傾けて席を立つ。戻って来ると零菜は寝ていた。


 私も零菜の隣に座り、私も眠くなる。興味の無い、昆虫図鑑をバラバラとめくり時間を潰す。


 綺麗な蝶が目にとまり、私はそのページを開いたまま、休む事にした。


 図書室から窓の外を見ると雲が空をおおっていた。


 零菜が起き上がり、寝ぼけているのか、私に抱きつく。


「うぃ~、もう、食べられないよ」


 やはり、寝ぼけていた。こんな友情のスキンシップもよかろうと思う日々であった。


***


 そう、最近の私は元気が無いのです。風邪が長引き、喉が痛いて辛い日々をすごしている。幾戸さんは毎日、リンゴを切ってくれる。


 それは感謝、感謝と思うのでした。でも、幾戸さんなら他の女子にも優しく接してしまうだろう。


 私の想いは行き場の無い迷路に入った気分だ。体調不良の体と弱々しい心が合わさり、虹の橋から落ちた気分だ。


 月曜日なのに、私は進んで学校を休んだ。


 私はベッドの上でゴロゴロして、暇な時間を零菜へ送るメッセージの文章を考えていた。


 窓から見える空は透き通った青空だ。


 走りたい……一秒でも速く、走りたい。


 私の体は正直であった。心が熱くなり、私は出かける準備をしていた。零菜にメールを送ると、私は学校の第三グランドに向かった。


 第三グランドは普段、使われていなく、独りになりたい時はいつも足を運んでいた。


 私は100メートルのスタートラインに立ち、気合を入れる。


 愛だの恋だの関係ない。心のスピードが加速するのが全身で感じられた。


 そして、走り出すと、私のすべてが風になっていた。


 無事にゴールするが、タイムが分からない、今日は自己ベストが出た感触なのに……。


 喉が痛い、もう一度は無理だ。グランドに転がっている古タイヤに腰をおろす。

気分は最高であった。


 透き通った青空を見上げていると零菜が近づいて来る。


「なんだ、立華、元気そうじゃん」

「まあね……」

「少し痩せた?バリバリ元気出す為に、ジュース買いに行こう」


 私たちは第三グランドを離れ、自販機に向かった。


 体はだるくても、零菜がいて、運動も出来た。


 今日の私は問題ない。


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