第8話

 あ~苦手な数学の宿題やらなきゃ。茜色に染まる空を自室から窓の外を見て今日の終わりを感じていた。


 今日は宿題を多く出されている。私は数学の嫌さに考え込む。


 そして机に向かい教科書をパラパラとしていた。


 うーん、解らない。


 気分転換におやつの煎餅をボリボリと食べる。う、お腹がいっぱいになって眠い。ここは、スマホを手に取り、無駄なアプリをダウンロードと……。


 いかん。


 勉強に後ろ向きな気持ちは何時も以上だ。


 私はノートを取り出し『幾戸さん、幾戸さん……』と、書き込む。あああ、書き過ぎた、ノートが呪いのメモ帳みたいになってしまった。


 消し消しと。


 そして、ふと、外を見ると夕暮れに月が輝いていた。


 そうだ!


 私は幾戸さんの部屋に行き、締まってある幾戸さんの浴衣を持ち出して部屋に戻る。そっと袖をとうしみる。崩れた様な着こなしで鏡の前に立つ。


 うわ~ぶかぶかだ。


 なんだろうこの感じは。私はスマホで自撮りすると急いで脱ぎ綺麗にたたんで元の場所に戻す。自室に戻ると鏡の前に座り、さっきまでの余韻に浸っていた。


 ……凄い、ドキドキした。


 まるで子供のいたずらだ。でも、幸せであった。


「立華さん、夕食の準備ができましたよ」


 ひ!


 幾戸さんがキッチンから私に声をかける。ビックリした……幾戸さんは私のことなど知らず夕食の準備をしていたらしい。


 私は返事を返すと机に広がっていた勉強道具を片付ける。


 イヤ、不味い。


 私は再び勉強道具を広げて。


「今、勉強中、後で食べる」


 幾戸さんに返事を返すと、気合を入れて勉強することにした。


 私は幾戸さんの浴衣を着たエピソードを思い出しながら数学の宿題をこなすのであった。


***


 今日は郷土博物館が日曜休みであった。結果、幾戸さんも休みである。何時も忙しそうな幾戸さんが朝遅くまで寝ていた。


「すみません、寝坊しました、今、朝食を作ります」


 慌てた様子の幾戸さんも大好きであった。自室のベッドの上に座り朝食のできるまで待っていた。


 『今日だけだよ』


 私の蒼い瞳がそう囁く。蒼と紅、ホント不思議な存在であった。


 ここは少し幾戸さんに甘えてみることにした。朝食の後、タイミングをはかり。幾戸さんの部屋の前に行く。それは勇気のいる訪問であった。


 私は薄く化粧をしてドアをノックする。


「幾戸さん、居ますか?」

「少々、お待ち下さい」


 幾戸さんの声が聞こえると不安な気持ちになる。改めて幾戸さんに向き合うのは初めてだ。


 私は胸のドキドキを感じながらドアの前に立つ。


「はい、どうぞ」


 幾戸さんの言葉に従い、ドアを開け静かに入る。


「幾戸さん、あ、あ、あ、遊んでくれるかな?」

「はい?」

「わ、私、記憶が無いから寂しいの、だから今日は甘えたいだけです」

「わかりました、では、アレの話をしましょう」


 アレ……?


 幾戸さんは立ち上がると机の引き出しから白いペンダントを取り出す。


「そ、それは?」

「立華さんがコールドスリープしていた時に握られていた物です」


 私は深く考えて、記憶をたどったが思い出せないでいた。


「立華さん、すいません、本当は最初に見せるべきでした」

「幾戸さん……」


 幾戸さんは私の言葉に真剣な様子で話し出す。


「私はあなたを失いたく無かった」


 幾戸さんは家族もなしに独りで暮らしていた。本心は私と出会えて嬉しかったから、コールドスリープのヒントになるペンダントを隠していたらしい。


 そして、ペンダントを渡そうとする幾戸さんはとても寂しそうであった。私を引き取ったのは独りで暮らしていて、寂しかったからだ。


 私は部屋の外に出て『片想い』について考えていた。


 自然と涙がこぼれ、泣いていた。


「立華さん?」


 幾戸さんの問いに、私の言葉は「メイクが崩れているから。少し待って」であった。


 私は幾戸さんの部屋を離れるとシャワーを浴び泣いている事を隠していた。


 片想いが終わる。髪を切るXデイがある事を実感していた。


***


 自室で勉強していると幾戸さんが帰ってくる。


「立華さん、よろしいでしょうか」


 下から幾戸さんの声がした。私はダイニングキッチンに行き木製の椅子に座るが改まって何ようだろう?


 すると、幾戸さんは鞄から包みを取り出して、私に手渡す。


「郷土資料館で売る予定のサンプル品です」


 なにかと思い包みを開けるとそれは化粧品の紅であった。


「この町のイメージ商品として売り出すのです。しかし、中身は普通の口紅で簡単なおみあげ品です」


 一瞬の間をおいて私は返事を返す事にした。年頃の女子なのでかなり紅に興味があったからだ。


「つけていいですか?」

「はい」


 幾戸さんから手鏡を渡され、私は紅を唇にそっとさす。艶やかな赤色の唇は私をなんだか大人の女性になった気分にさせてくれた。


「綺麗です、立華さん」


 でも、この儚い想いはなんだろう?胸の辺りが切なく感じるで、少し涙が出そうになる。心が弱気になり、赤い紅は私には戸惑いが大きかったからだ。


 元気な私は何処に行った!


 幾戸さんにバレない様に気合を入れる。


「幾戸さん、もう、取ってもいいですか?」


 幾戸さんは優しく和紙を手渡してくれる。私は柔らかい和紙で唇を拭く。


「わ、私、勉強に戻るね」


 幾戸さんから離れ自室に戻ると、その手には紅が握られていた。


 もう一度、付けたい……。


 私は鏡に向かい紅を付ける。幾戸さんが綺麗と言ってくれた。幸せさと切なさが交錯する気持ちであった。


「立華さん、入りますよ」


 ドアをノックする音と共に幾戸さんの声が聞こえる。


「は、はい」


 不意な展開に私は動揺を隠せないでいた。どうしよう……、私は紅をさしている。


「言い忘れましたが試供品なので簡単なアンケートに答えてもらえませんか?」


 と、言って幾戸さんが入ってくる。


 私は、私は……。


 紅を付けた私が幾戸さんに対して戸惑いを隠せないのは、きっと、この想いは本当の恋と言えるからだ。

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