14収穫
村に到着すると麦わら帽子をかぶりもっさりとした髭を蓄えた男性が俺たちを迎えてくれた。
その人は日光がしみ込んだ焼けた小麦色の肌で、身長は高くないものの日頃の農作業で鍛えられているのか胸板が分厚くたくましい体つきをしていた。見たところエルフやドワーフなどの種族ではなく俺と同じ人間だ。
世界には様々な種族がいるが人口の多数を占めるのは俺と同じような人間だ。実際今のところドワーフはヘミングさんを含め数人しか見かけていないし、エルフはランカさんを除いて見かけたことがない。
「本日はお越しいただきありがとうございます」
その男性はこの村の村長で、村に住んでいるのはほとんど彼の親族らしい。ベリーの栽培を行っている村の多くは大体同じような親族経営だそうだ。
もう既にベリーの収穫作業が行われており彼以外の村民は畑の方にいると彼に説明を受けた。村の周囲にあるベリー畑から仄かに果実の香りが漂ってきている。村長さんに連れられて畑に行くとベリーが入った大きな箱が並べられていた。この箱を馬車まで運んで荷台に詰め込んでいくのが最初の俺たちの仕事だ。
女神様の加護の力が存在しない元の世界ならば機械を使って運ばなければならないような大きさのものだが、女神様の加護を受けて鍛えた冒険者ならばこれぐらい容易に運ぶことができる。俺はそのベリーが入った箱を重ねると両肩に3つずつ計6箱を担いだ。
「……俺あんなに持てないっすけど」
「あんなことができる奴はそうそういないから。一つずつで十分だ」
流石にこういうものではなかったらしい。驚きを通り越してクエイクとランカさんが呆れたような表情を浮かべていた。
「もしかして噂の異世界から来られた冒険者の方ですか? 伺っていた以上に規格外だ。これなら今年は例年より早く作業が終わりそうだ」
実際馬車への積み込みの作業はあっという間に終わり運べる満杯の箱が無くなってしまったので、余った時間で俺たち三人もベリーの収穫を少し手伝うことになった。
村長さんと同じように村の人たちも俺の噂を耳にしていたらしい。収穫の作業を行いながら色々と質問をされて会話が弾んだ。距離が近く温かい人たちばかりですぐに打ち解けることができた。
昼前には馬車の荷台に積めるだけ積んでしまったので、村の人たちと一緒に食事を摂った。食事はパンと干し肉と卵というシンプルなものだったが、それと一緒に収穫したばかりのベリーも食卓に並んだ。
何も手が加えられていない水で洗っただけの新鮮な果実。甘味よりも酸味が強く爽やかな感覚が口の中に広がった。それでいて奥に仄かな渋みがある。お酒に加工する以外にも食後のデザートとして食されているらしく、こってりした食事を食べた後にこのベリーを食べると口の中がすっきりするそうだ。
食事を終えた俺たちは積んだベリーを街へ運ぶために村を出発した。荷台に大量のベリーを載せているため馬車の速度は来た時に比べて非常にゆっくりだ。
俺たちが運搬している間にも収穫の作業は続けられるので、積み荷を降ろして再び街へ戻る頃には荷台がいっぱいになるほどのベリーの箱が準備される。それを載せてまた街へ戻る。それを街に運ぶ分のベリーがなくなるまで繰り返す。この村での収穫が終わればまた別の村へ――そうやって祭りの開催までに全ての収穫を終わらせる。
「それにしてもただ歩くだけで特にやることがありませんね」
「まぁ、何も起こらないならそれに越したことはない。護衛とはいっても積み込みの作業が依頼の本文だ。比較的街に近いこの辺りの地域では元々大したモンスターは生息していない――とはいえ、村へ向かう道中でもモンスターが一匹も出てこなかった。例年ならゴブリンの数匹ぐらいは遭遇していたが、今日はモンスターの気配さえ感じない」
「確かにちょっとおかしいっすね」
ランカさんの言葉にクエイクが首肯した。
俺はまだ冒険者として日が浅いのでどこにどの程度どういった種類のモンスターが生息しているのかということは把握できていないので、おかしいことだとさえ思っていなかった。
「この間みたいに冒険者が日銭を稼ぐためにこの辺りのモンスターを狩ってしまったんじゃないですか?」
俺はこの世界に来たばかりでギルドを崩壊させてしまった際のことを思い出してそうランカさんに尋ねた。あの時はギルドが緊急の依頼以外を受けていなかったので、魔力の結晶を集めて日銭を稼ぐ冒険者たちによって周囲のモンスターが大量に刈られてしまいなかなかモンスターを発見することができなかった。
「ギルドがまともに稼働していてクエストの受注が十分にあるのに弱いモンスターを狩って日銭を稼ごうとする冒険者はいないよ。ゴブリンを狩って魔力の結晶を集めて稼ぐくらいなら街の飲み屋でバイトでもした方がまだいい。もう少し強力で大きな魔力の結晶をドロップするようなモンスターがいるエリアでならその可能性もあるが、こんなところでわざわざ日銭を稼ごうとはしないだろう。適当なクエストの荷物持ちでもやった方がまだましだ」
俺の考えは否定されてしまったが、今のところランカさんも異変の原因に心当たりはないようだ。そうなると現状は注意を怠らず気を引き締めることぐらいしかできない。何も起こっていないという異変に対してその原因が把握できていなければできることなどありはしない。
馬車と俺たちは何も起こらない静かな道をただただ進んで街へと向かう。街までの道のりを半分以は過ぎた頃、先頭の馬車とランカさんが足を止めた。
「誰かがこちらに来ているようだ」
そう言われて先に目を向けると確かに遠くに人影が見えた。おそらくは二人組で馬車と一緒ではないので別の村へ向かったベリー収穫のクエストを受けた冒険者ではない。
俺は今まで一度も遭遇したことがないが一応この世界にも盗賊のような輩はいるそうだ。俺は警戒して腰に下げていたバットのグリップを力強く握る。背後からクエイクが鞘から剣を引き抜く音がした。緊張した雰囲気が走り全員が沈黙する。
「いや、警戒の必要はなさそうだ。顔見知りの冒険者だよ」
ランカさんの言葉に俺とクエイクは警戒を解いた。
その二人組の姿が段々と近づいてきてはっきりとしてくる。名前こそ知らないが酒場で見たことのある二人組だった。
二人が俺たちに合流し最初に口にしたのは良くない知らせだった。
「竜が出た」
異世界バット~魔法が使えないので、バットで戦います~ イグチユウ @iguchiyu
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