第21話 愛を知りたい死神(最終話)
ウサギはもういないし、彼も輪廻転生を満喫している。
この場所に残されているのは神様である私と、私の中で魂の浄化をしているモノだけ。
時間の概念は泣く、唯々流れる時間をぼおっと眺めていた。人間でいたのは二十年にもみたないのに、これまで色々な魂と関わってきたけれど一番有意義な時間だったような気がした。
お腹の中で暴れていたモノが、私から分離するかのように、いきなり隣に現れる。私の着ている布を一枚巻いただけの服とは違い、前世の制服姿だった。
私の前に初めて現れたときの雰囲気とは違い、顔つきは憑き物がとれたようにさっぱりしていた。
人間に己の超えられる価値以上のことを任せてしまったのが悪かったのだ。便宜上神様(仮)と心の中で呼ぶことにしよう。愛を知りたいばっかりに運命を歪めてしまったのだから、その責任を私はとろう。
「あれ……?僕は?」
きょろきょろと何かを探すかのように顔を動かすが、神様(仮)が居たときとは違いここには何もない。私が何も必要としていないから。生まれ持った魂は簡単には変わらないことが分かったから、必要がないと感じるのも、私が人間じゃないからだと思った。
神様(仮)にとって初めての人間になるのだから、ここはひとつ、優雅にお辞儀をしてみよう。
布切れ一枚を巻いているが、両端をつまむとスカートのように広がり、人間でいた頃に漫画で読んだキャラクターのように一歩足を引きお辞儀をする。
「お目覚めですね。いやぁ簡単な罪かと思ったら君、心に抱えてるものが大きすぎたよ」
浄化をし始めて数百年は腹がずっと痛かった。君の痛みだったのかもしれないけど、あんなに我慢して生きてきた人間が、人の痛みが分からないわけなく、むしろ人を好んで傷つけたのだとしたらこの魂は悪なのかもしれない。
いや、君の中の正義を奮ってるなら、善悪で分けてはいけないんだ。誰しも自分の中に正義を持っていて、それをどれだけ相手に分かって貰うかが重要で、それが簡単にできないのが人間という生き物だということを学んだではないか。
「君は、天使?」
純真無垢な瞳で見つめられて、浄化をすると、ここまで変わるのかなって改めてしまった。
「うーん。天使ではないかな。どちらかと言えば死を司る方だし……」
神様(仮)の表情が暗くなる。
私は藍那だった頃に唯一自分の意志で努力をしていた、ピアノを作り出した。真っ白いピアノ。
構造を知らなくても、私がこの空間の主だから、何でも作り出せる。
「お別れに、一曲贈るわ」
記憶には残っていないはずだけど、心の傷に残っているはずだから。それが癒されればいいなと思い、記憶に残っている楽曲を弾き始める。確か有名な作曲家が作った、長く愛されている曲。
神様(仮)はその場に体育座りをして、私のピアノに耳を傾けているのか、目を閉じる。
心に響く音楽になっているかは、分からない。教えてくれていた先生が私のピアノを評価してくれなかったのだけ覚えている。心がない私には、心に響く曲が奏でられない。
それは、そうなのかもしれない。
戻って来てからも魂を裁いてきた。それが本当に正しい評価ができているのかは、自分でもわからない。後悔を口にする人は減らない。私自身が彼らに求める者も変わらない。
「楽しかったですか、貴方の愛しい人が苦しんで」
ピアノの音にかぶさるように、神様(仮)が口を開いた。
人間でいられるという、貴重な時間をくれた神様(仮)に、同じように幸せが訪れますように。
「……覚えていたんだね。神様になりたいという夢を、一時でも叶えたでしょう」
それは間違いがない。私に天使様と聞いてきた割には、段々と目に力が宿ってきている。
「一時だと、分かっていて交換したんだね?狡い神様だ」
「元々の魂の存在意義で、色々異なることを一瞬でも神様をやっていたのだから知っているでしょう」
ピアノを弾く手は止めない。ここで辞めてしまったら、多分もう弾くことが無くて、自分が人間を興味本位で体験していたことすらも忘れてしまう気がしたから。
「知っている」
視線を向けると口を尖らせている。浄化は済んでいるから、きっとこのへそ曲がりなのが本心なのだろう。
私と一緒じゃないか。素直になる方法を知らない。
「私に会うのを毎回楽しみにしていた人がいたから、人間でいるときが知りたくてね。……それだけの理由って顔しているけど、神様は気まぐれだから。それだけの理由でも動けてしまうの。君の輪廻転生には何一つ影響はないようにしたから安心して。記憶も残らない。そのために浄化したんだし」
「そうか……」
神様(仮)が神様に執着するかもと心配していたけどそうはならなかったみたいで、良かった。
「死神も、神様だからね。祝福をあげるよ」
再生。終わらなければ、始まらない。
輪廻転生は、終わりと始まり。
「サヨナラだ」
私はピアノから神様(仮)に向き直る。
ふわりと、私の髪が舞い上がるり、久しぶりに鎌を手に握る。
初めて会った時と同じ、シャツとズボンの神様(仮)。人間界の時間で考えたらとてつもない時間が過ぎた。それは私が人間でいた時間よりも長く。
「どうして、もう一度変わろうよ」
足元に縋ってくる姿が滑稽で、人が神に成り代わる事なんてできない本質を理解しきれていないのだなと、分かった。神が人に憧れたとて、元が違うんだと思い知らされたのは私自身だったのかもしれない。
心が違うから、価値観が違う。
生まれ出た意味が違うんだ。
「私はここでウサギと、彼を待つことにしたの」
私のせいで狂わせてしまったのを取り戻させるには、待ち受けているのが一番かなって。二人とももしかしたらもう二度と、此処には来たくないかもしれないけど、死神として待っていたら終わりの場所にいれば、着たくなくても必然的に来ることになるし。
「ありがとう」
私の最期の言葉に、神様(仮)の姿が段々と薄くなっていく。
感謝しているのは、人間になるキッカケをくれたこと。異物の私を家族として迎え入れてくれた家族、そして、友達になってくれた九条さん。
人間になろうと思ったキッカケの宮本君は、私にとって始まりの魂。
感情を教えてくれて、ありがとう。
彼が『愛してる』といった理由が少しでも分かるようになったから。
私も愛していたの。彼とウサギを。魂が変わらないから気が付けた。
少しの時間でも一緒に居られた。
「愛してる」
「何言ってるんだ、君は奪うだけじゃないか」
「奪う事と、与えることは同じだよ。奪ったから、新しい物を手に入れる空間が出来るんじゃない」
「変わったね」
「誉め言葉として受け取っておくね」
神としてまたここに居ても、私はもう寂しくない。
愛を知ってしまったから、待つことは出来る。
ただ、ずっと待たされると、寂しくなって、離したくなくなっちゃうかもしれないけどね。
気まぐれから始まった感情探しの旅は、進歩が一つもなかったわけではなかった。
愛を知ることができた。
その愛は、彼がいつも囁いてくれたものとは違うかもしれない。一瞬で恋に落ちるのはやっぱり分からなかったけど、家族には最大限の愛を囁きたいって考えている。
私の前に来なかったら意地でも探し出して、来世では幸せな家族と時間を過ごして欲しいから。
興味本位で人生を交換して詳しいことは教えて来なかった。
教えない方が楽しいものが見れるかもしれないと考えていたのは、秘密である。
「バイバイ。また明日」
小さく手を振る。
人間だったときにこの行為が実は好きだった。
神様(仮)とは最期まで分かち合えなかったな。
☆
ピアノの音が聞こえる。
昔ココは何もない空間だったけど、味気ないこの場所に私は自分らしい物を置きたくなった。生きることが不器用だった私が唯一興味を持って、長い間習い事をしていたピアノ。
終わることのない時を過ごす空間に、癒しを求めても、怒られないわよね。
寂しがり屋の魂が来たときに安心感を与えられるかもしれない。愛の理由が理解しきれなかったけど、でもあの時間は無駄じゃない。人に対する興味と、絶滅させたくない感情があるから。
「あの、ここは」
現れた人に最大限の礼を取り、顔をあげる。
「後悔があるなら、思う存分はきだして?ここでは時間が無限大にあるから……」
これまで誰かが来ても私はそんな言葉を口にすることは無かった。
「やっと会えましたね」
その言葉の意味を私はまだ心の底から言い表すことができないんだけど。
「「愛しています」」
彼と、声が初めて重なる。
魂と時間の流れで、簡単には再会できないと思っていたのに。
彼の魂は何度生まれ変わっても私を愛するなら、私は永遠にここで彼を待っていよう。
愛を知りたい死神 綾瀬 りょう @masagow
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